「功名心なき暴君」から「優秀指導者」へ

シカゴ大学のMedical Education室長から「Scientific Research Prize and Mentor Award」と称するタイトルでメールがあった。非常に優秀な医学部の学生が1年間休学をして、私の研究室に研究に来ていたので、彼女の研究をさらに支援する賞の通知で喜ばしいことだと思った。

 

しかし、メールの内容をよく読むと、私に対して「Scientific Research Mentor Award」(正確な訳かどうか自信がないが、「優秀研究指導者賞」)を授けるという趣旨だった。私はこれまでに200人を超える大学院生・医師・ポスドクの指導に携わってきたし、門下生にも、大学の教授や国立研究機関などでそれに相当するポジションについている人が約30人いる。こんな歳にもなったし、いまさら、「Mentor Award」でもあるまいと、気恥ずかしい思いがした。

 

と感じつつ、さらに下に記載されていた、指導を受けた学生が私を推薦してくれた文章を読んだ。その内容が、私の心の琴線に触れた。簡単に要約すると「私の研究室で1年間研究をして、医師研究者として、どのようにあるべきか、そして、自分がどのような方向性を見据えて研究すべきかを再認識でき、自信もできた」という内容であった。もちろん、指導者としての私の在り方に触れた部分もあったが、それは照れくさいので紹介しない。

 

これまでいくつかの賞を授与されたが、すべてが科学的な業績に対するものであった。シカゴ大学内の賞ではあるが、指導者としての在り方などを評価されたことなどないので、これまでとは異なった意味で誇りに感ずる賞である。これまでの指導者としての私に対する評価は、「厳格」はまだしも、「横暴」「強権的」な冠が付けられることが多かった。ある日、一人の学生に「中村研究室では研究生の足に重石の付いた鎖が付けられ、昼食にも気軽に行けないといううわさが流れていますよ」と言われた際にはショックだった。総理が嫌いだから「安保法案」を「戦争法案」とレッテルを張る、声の大きい少数派の人たちの悪巧みと同じだ。また、「プレジデント」という雑誌に取り上げられた時には「功名心なき暴君」という見出しが付けられて、愕然としたことがある。記事自体は私を評価してくれたものであったが、気の弱い私は、その見出しに、心が大きく傷ついた。

 

私は不器用だし、瞬間湯沸かし器的に行動に移すので、いい指導者とは思っていない。ただ、自分が患者さんに真剣に向き合い、研究に脇目も振らずに懸命に努力する背中を見せることで、若者たちが何かを感じ取ってくれればいいという思いを持ち続けている。部下に本気で向き合わない人間が、人を指導することなど絶対にできないと思う。人に厳しくするためには、自分にもっと厳しくあらねばならない。他人に言うだけで、自分に甘い人間に部下がついてくるはずがない。そんな生活を30年間続けてきた。そんな自分から逃げ出したいこともあったし、振り返って後悔することはたくさんあるが、他人に求めること以上の努力を続けてきた自負だけはある。

 

自分の信念に従って、たとえその場では反感を買っても、言うべきことは毅然としていうべきだし、相手を思いやる真の厳しさは必要だと思う。私の研究室で生活を送ったことが、私に背中を見て生活したことが、人生の糧になったと思ってくれる部下が一人でも、二人でもいれば、幸いだ。今回のAwardに対する学生からの推薦文を読んで、自分の姿勢が通じた部下が、少なくとも一人はいたことを証明してくれたことに心が安らぐ。

 

しかし、今の日本を見ると、ヘラヘラと上司に揉み手をして、部下には嫌われないように甘やかす、そんな人間が増殖している。軟体動物のように骨のない人間ばかりでは、社会全体が腐ってしまうに決まっている。骨太の方針もいいが、骨太の人材を育成することの方がもっと重要だ。

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