遺伝子情報の利用は誰が責任を持つのか?

今日発行の「Nature」誌に編集局が「Personal Responsibility」のタイトルで、遺伝子情報の応用に関して警鐘を鳴らした。冒頭で、「神経変性成疾患の子供が、病名もはっきりとせず、症状が進行した。親がゲノム解析を依頼した結果、遺伝子異常がわかった。この情報をもとに症状が類似した疾患に利用されている薬剤での治療を受けることが可能となった。これによって同じ遺伝子の異常を持つ病気の患者に対して治療が提供できるようになった」ことが紹介されている。これこそ「Precision Medicine」の一例だ。しかし、この子供のように、原因がわかったから治療方法がすぐに見つかる例は、ごくごく一部しかない。もちろん、原因がわからなければ、永遠に適切な治療法が開発されないので、いずれにしても原因解明が重要なことは言を俟たない。

この編集局のコメントは、突然、生活習慣病などの頻度の高い疾患に対する遺伝子診断の批判へと展開する。生活習慣病や多くのがんには、多くの遺伝的要因(危険要因)と環境要因が関わっている。したがって、病気に罹るリスクを伝えても、不安を煽って、検査を繰り返す結果となり、かえって有害になるのではと述べていた。また、逆にリスクが低いことが、不健康な食生活につながったり、適切な運動を回避する言い訳になる可能性も指摘していた。

生活習慣病などのリスクを高める遺伝的要因はかなりわかってきているが、それが環境要因とどのように相互作用しているのかは未知の部分が多い。また、遺伝学教育が遅れているので、遺伝情報を伝えても、それがどこまでしっかりと理解されているのか判断することも難しい。以前にも触れたが、日本では、医師・看護師・薬剤師など医療現場に携わっている人たちでも、ちゃんとした遺伝学教育を受けていない場合が多い。世の中の進歩に追い付くどころか、日々知識ギャップが広がっているといっても過言ではない。優性遺伝、劣性遺伝を、前者を優秀な遺伝子を受け継ぐこと、後者を問題のある遺伝子を受け継ぐことと思っている人も少なくないのが現状だ。

ただし、がんで起こっている遺伝子異常は、薬剤の選択に不可欠になってきているし、非常に早い段階での再発の同定にも利用され始めている。もう少し技術改良が進むと、早期がんの診断にも応用可能だ。また、薬の効果や副作用予測への応用も広がっている。生活習慣病以外に、「Precision Medicine」が導入され、患者さんの役に立っている現状で、この編集局のコメントは遺伝子診断の一面しか見ていない偏った考えのように思えてならない。

一言で「遺伝子診断」と言っても、非常に幅が広く、診断が患者さんの利益に確実につながるものもあれば、「当たるも八卦当たらぬも八卦」の占いに近いものもある。これらをしっかりと識別して取捨選択していくことが求められているのだが、日本では学会レベルでも、行政レベルでも、あまりにも動きが遅く、ガラパゴス化している。このような環境では、自分で遺伝学を正しく学び、遺伝子情報を自分の判断で有効活用していくことが必要となってくる。近いうちにネットで遺伝学講座でも開講しようかと思う。

と嘆いていても、産業としての遺伝子診断は、日本の状況に関わらず、確実に広がっていく。日本国内で規制しても、今やネットを通して、中国・韓国・米国などで検査を受けるようになるのは明らかだ。その見極めを個人個人がしていくことが求められているのだ。

医療を経済活性化の柱の一つにするには、今の施策では絶対に無理だと思う。「Too late、too little」ではなく、世界を見据えた、速やかで大胆な施策を打ち出さなければならない。安保法案も大事だが、安倍総理には、是非、健康寿命を延ばすために医療分野にも本気で取り組んで欲しいものだ。

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