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世紀の愚策「飲酒喫煙18歳以上」

医療(一般)

自民党の青年年齢に関する特命委員会が「飲酒喫煙18歳以上」を提案したと報道されていた。健康被害が指摘されている飲酒や喫煙ができる年齢を、国が主導して引き下げるとはあきれて物が言えない。過度な飲酒や喫煙が健康被害を起こしていることは医学的に明白であるし、国は健康寿命を延ばすための施策に取り組んでいる。世界保健機構(WHO)をはじめ、国際的に禁煙活動が広がってきている中で、こんな愚策をよく提案できたものだと思う。

選挙年齢を18歳に引き下げたとしても、健康を害する飲酒・喫煙まで容認する必要は全くないと思う。国は国民が健康に生活を送れるような施策を提供すべき責任があるはずで、このような提案はそれと相容れない。喫煙はがんのみならず、慢性呼吸器疾患や心臓疾患の高リスク要因であるし、慢性肝炎患者にとって飲酒は肝機能をさらに損なう因子である。国会議員として若者の健康に留意するのが最優先ではないのか?

選挙での支持を期待して、若者に迎合する提案なのだろうが、そこには数十年先、百年先を見据えた理念が放棄されている。自分のためではなく、しっかりとした国家感を持って欲しいものだ。耳に痛いこと、反感を書くことでも、国の将来のために必要な提言をして欲しい。

政党、特に野党は、離合集散を繰り返しているが、来るべき選挙に有利に働くかがその動機になっているようにしか見えない。したがって、根幹に関わる理念が共有できないままの集合体ができ、結果的に組織として意思統一ができなくなっている。国会の審議を放棄して、デモに現を抜かすようでは、日本と言う国の将来は危うい。昨日も触れたが、民主主義の根幹をなすものは、議論であって、デモによる個人的な罵倒ではない。

私が大学に入学したころには、まだ、学生運動の名残りがあり、学内にヘルメットをかぶり、顔をタオルで隠して、手に持った拡声器で、独特の口調で叫んでいた人たちがいた。少数の人たちが、校舎を封鎖して授業妨害をしていた。自分の顔も晒さず、日本語かどうかわからないような口調で、大声で叫んでいた人たちに共感するはずもない。自分たちの主義主張を表明するためにデモを行う自由は認められても、他者の権利を奪うのは暴力的行為であり、民主主義とは言えない。憲法は議会制民主主義を謳っているはずだ。

ましてや、今は、自由に自分たちの言い分を主張することができるはずだ。ネットで考えを伝えることも自由だし、集会を開く自由も、広告を行うことも担保されている。それらの主張を通して、国民は判断し、自分たちの考えを選挙で反映しているのである。したがって、選挙の結果は、最大限尊重されるべきである。自分たちが少数派になった原因も反省せず、デモこそ自分たちの生きる道だと主張する姿のどこに憲法を敬う姿勢を見出せばいいのか疑問に思えてならない。

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