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戦後70年談話に思うこと

8月14日に安倍総理が戦後70年談話を閣議決定した上で、公表した。私は、近隣諸国に配慮した、よくできた内容だと思うが、報道されている記事を読むと、その行間を巡って、ここまで解釈が異なるのかと驚きを禁じえない。戦後70年間、日本が平和を維持してきたことは素晴らしいことだと思うし、それが継続することを願っているが、日本の意思だけで平和が維持されてきたとは思えない。米国の傘という目に見えない防御壁の中で守られてきた現実を否定するのは難しいと思うのだが、報道を読む限り、この平和が維持できた根幹の理解が両極端に異なることが、議論がかみ合わない大きな要因のようだ。

日本が平和主義を貫くことは大切だが、日本の憲法が戦争を否定していることと、日本を戦火から守ることとは同義語ではない。戦前、日本とソビエト連邦間には日ソ不可侵条約があったが、第2次世界大戦の終わる頃に起こった事象は、書面での取り決めなど役に立たないことを如実に示している。憲法が日本を戦争に巻き込まれないように確実に守っているわけではない。

それにしても、この安保法案を巡る騒動の中で、日本という国が平和を維持するために何が求められるのか、ほとんど議論されなかったことは残念でならない。また、民主主義の大原則は多数決であるので、本来、これをひっくり返したければ、来年の参議院選挙に向けて行動し、最終的に衆議院で大多数を勝ち取ればできることではないのか?デモをする権利は認められているが、デモを革命につなげて国をひっくり返す権利など誰にもない。

また、私も、謝罪の歴史をどこかで断ち切る必要があると思う。「先の世代に、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」のどこに問題があるのか。60歳を越える私でさえ、戦後生まれだ。もちろん歴史の事実の中で、日本という国が冒した間違いを近隣諸国に謝罪する気持ちを、日本人の一人として持ち続けている。しかし、この年になると、若い世代に負の遺産を強調し続けていいのかという思いが強い。

若い人たちにとって。自分の2世代・3世代・4世代前のことを謝罪し続けよと言われても、いい加減うんざりという気持ちが芽生えても不思議ではない。個人的な犯罪でも、自分の祖父母やその1世代前の世代が冒した罪の謝罪要求を続けられれば、どんな気持ちになるのだろうか?日本という国・日本人の果たしてきたプラス面での遺産を知って、日本と日本人に誇りを持ってもらいたいと願っている。

特に、感情的対立が、嫌中・嫌韓につながっていることを憂慮している。私は両国に多数の知人がいるし、私の研究室で博士号を取ったり、ポスドクを経験した(している)若い研究者も少なくない。みんな好人物だし、日本のことが好きだ。戦争のことなど半世紀近い、あるいはもっと古い過去のことになった、日本や近隣諸国の若い人たちにとって、互いに嫌悪感情を持たせることは望ましくないと思う。協力して国際社会に貢献するために、もっと未来に向けた志向を持って欲しいと願っている。

今回の談話に対して、内容にない行間を誇張して、政治的対立を煽ることが逆に平和を守る妨げになっているように思えてならない。過ちを繰り返さないためには、言葉にないものを、想像を膨らませて批難するよりも、はっきりと文章に残る形でかみ合った議論をして欲しいものだ。

 

PS: 米国FDAは、今日付けでbrentuximab vedotin (ADCETRIS)(抗CD30抗体)のホジキンリンパ腫への適応を承認した。無増悪生存期間がコントロール群24.1ヶ月に対して、治療群では42.9ヶ月と19ヶ月近く延びている。

 

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