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医療費を凌駕する大学授業料の増加

マリナーズの岩隈久志投手がノーヒットノーランを成し遂げた。MLBの公式ページでも、9回の場面が公開されている。成し遂げたことを知っていても、ビデオで見ると自然と緊張感が走る。ダルビッシュ投手が9回2アウトから、2回も失敗しているので、この偉業は日本人として誇りを感じる。全米プロの松山英樹選手にもぜひ頑張ってもらいたい(初日を終えて、首位と4打差の15位タイ)。

さて、昨日は医療費の伸びが、GDPの伸びを大きく上回っている話を書いたが、調べているうちに大学授業料が、医療費の伸びをさらに凌駕していた。米国では、大学の授業料ローンが、卒業後の大きな負担となっていることが社会問題となっている。

昨日とは別の統計資料だが、2013年と1978年の35年間の差を報告したものがあった。新車価格、食料品、医療費、授業料、エネルギーを比較したデータによると、35年間でもっとも伸びが低いのが新車価格で、約1.95倍、食料品約3.5倍、エネルギー価格約4.6倍、医療費が約7倍であるのに対して、大学の授業料は驚くことに約21倍となっている。なるほど、これではうかうかと大学に行けない。

そこで、日本の国立大学はどうなっているのか調べてみた。1975年には年間授業料36,000円であったものが、現在は535,000円と約15倍となっている。一人当たりのGDPは1980年と2015年を比較すると2倍未満であるので、授業料の延びは、各家庭にとって大きな負担となっているはずである。

実は、1975年には36,000円であったのだが、私が入学した1971年にはこの3分の1の12,000円であったので(6年間の医学部生活で、私が支払った授業料は、わずか72,000円であった。私の翌年から、3倍に値上げされた)、1971年と比較すると、授業料は45年間では40倍以上となっているのである。

優秀な人材の確保は、国の将来を左右することは言うまでもない。今は、有名国立大学に入学できる学生は、授業料の高い私立高校に偏ってきており、教育の場に貧富の差がはっきりと映し出されている。私が大学に進学した頃、京都大学・大阪大学に進学した学生の出身高校は、私が卒業した天王寺高校、そのライバルの北野高校(橋下徹・大阪市長の出身校)など、上位には大阪府立の高校が並んでいた。

これらの府立高校には、有名な教師がたくさんおり、私立高校に行かなくとも、国立大学に進学できる環境が整っていた。有名国立大学に進学する人は、裕福な家庭の子供が多いと言われている昨今だが、40-50年前はそのような状況ではなかったのだ。教育は将来への投資であって、高校や大学が赤字であることを理由に、授業料を値上げすることなど、国として大きな誤りであると思う。

公立学校への国の投資を増やし、家庭の貧富に関わらず、努力する子供たちが将来の日本を担う人材へと成長することを支援していくのが、日本という国の将来にとって重要だと思う。親が子供に十分な教育を受けさせたいと思っても、教育費が高ければそれが負担になり、少子化につながってしまう。少子化対策の一環としても、教育費の負担減はきわめて重要だと思う。

特に、国立大学付属病院でも経営健全化が叫ばれ、定員が削減され、現場の疲弊は著しい。教育・診療・研究の3大看板を背負っている大学病院に黒字化を求めることがおかしいのだ。経済原理だけでは、動かない世界がそこにはある。将来への投資という観点がなければ、近いうちに人材は枯渇してしまうだろう。

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