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「がん細胞 対 免疫細胞」の闘い(3)

医療(がん免疫・免疫ゲノム学)

米国に来てから頻回に遭遇するのが、試薬の在庫切れだ。納入の日にちを守らないことも日常茶飯事だ。車を購入した時も、「a few minutes」が2時間だったことがある。時間に厳密な私の精神構造には、このいい加減さに対する免疫寛容ができてこない。時間を守ることは、人との信頼関係を築く上で重要だ。日本の新幹線の時間の厳密さは世界に類を見ないが、これが日本という国や日本人の技術に対する信頼の礎だと思う。それにもかかわらず、医薬品分野でこれほどの輸入超過にしている日本の構造的欠陥の根は深い。

そして、がんの免疫療法だが、免疫チェックポイント抗体療法は、遺伝子変異の数が多いほど効きやすいことが証明されつつある。これらの情報から、(1)アミノ酸変異を持ったペプチド(遺伝子異常によってアミノ酸が置き換わったタンパク質の断片)が、がん特異的抗原(がん細胞にだけで作られている免疫を誘導する分子)となっている可能性が高いこと、そして、(2)これらの抗原によって、がんの組織に、がんを攻撃するリンパ球が増えている(集まっている)環境となっている場合に、抗体治療がよく効くと推測されている。

この流れから、がん特異的抗原(ネオアンチゲン)を利用したワクチン療法に注目が集まっているのである。防御側を抑えれば効くのなら、攻撃側を高めればもっと効くはずだと考えるのは自然な流れだ。5月15日号のScience誌で、このネオアンチゲンを樹状細胞に抗原として提示させて、リンパ球を活性化した結果が報告されていた(樹状細胞のHLAに抗原がくっつくと、リンパ球が抗原を見つけて敵から攻撃を受けたとみなし、目を呼び覚まし、細胞分裂を起こすと同時に、敵視した細胞を殺す武器を細胞内に蓄える)。ネオアンチゲンを投与すると、患者体内で、抗原を認識するリンパ球が活性化されていたことを示したのである。

ネオアンチゲンは、真の意味でがん細胞にだけしかない抗原であり(オンコアンチゲンは、精巣や胎児細胞でかなり作らており、正常組織でも少量作られていることが多い)、今後急速に臨床応用が始まることは間違いない。しかし、問題は、患者さんごとにワクチンを合成しないといけないし、その前提としてがんのDNAシークエンスが不可欠であるので、非常にコストがかかることである。その点、これまでにわれわれが取り組んできたオンコアンチゲンはHLAが同じである限り、共通に利用でき、コストを低くできるという利点がある。ただし、複数の抗原を利用して、できる限り、がんを攻撃できるリンパ球の数を増やす必要があると考えられる。

ネオアンチゲンとオンコアンチゲン、どちらが免疫力をより高めることができるのか、まだ、わからない。免疫力を高めるといっても、個々のリンパ球の攻撃能力に差があるのか、活性化されるリンパ球の数が異なるのか、両者なのか、まだ、未知の部分が多い。それぞれのワクチンごとに差があるだろうし、患者さんの免疫細胞の条件も非常に多様だ。血液細胞に対する副作用が強い抗がん剤治療を受けた後では、免疫条件が悪くなるので、これまでの治療法とどう組み合わせるのかも重要な課題だ。

免疫療法をどう利用するかを考える上で、わかりやすい例えが、消火活動だ。ボヤの段階なら(がん細胞の数が局所に限られているなら)、消防車が1台だけでも(攻撃するリンパ球が少なかったり、それほど強力でなくとも)十分に消火可能だ(がん細胞を退治することができる)。もし、火事が広がったなら、多数の放水能力の高い消防車が必要だ。これまでのがんワクチン療法は、火事が大きく広がった状態で、限られた能力の消防車で消そうとしていたようなものだ。ワクチンで誘導されるリンパ球の数が、がん細胞よりも圧倒的に少なければ、まさに、パワー不足だ。

それを科学的に見事に検証したのが、Nature Medicine誌に7月20日付けでオンライン公開されたペンシルベニア大学のCarl June博士が責任著者の論文だ。NY-ESO1というオンコアンチゲン(がん細胞で特異的に作られているが、遺伝子異常が起こっていない抗原)を敵として認識するT細胞受容体遺伝子をリンパ球に導入して、一気に大量のがん細胞を攻撃できるリンパ球を作り出し、治療に応用したのである。この抗原は食道がんに特異的な抗原として見つけられたものであるが、複数の臓器のがんでたくさん作られていることが明らかになっている。今回対象となった多発性骨髄腫もその一つである。

細かい操作は省くが、20人の患者さんに、(人工的に作り出した)NY-ESO1陽性細胞を攻撃できるTリンパ球細胞を、平均で約24億細胞注射したのである。その結果、100日後の評価で20人中14人からがんが消えていた。その後、8人の患者さんは再発しているが、素晴らしい成績である。この結果から推測できることは、オンコアンチゲン治療は有用だが、リンパ球の誘導に時間がかかって、がん細胞との数の勝負で負けていた可能性が高いことである。もちろん、一部の患者さんではがん細胞と十分に戦えるレベルまでリンパ球が急速に増えていたので、長期生存が見られたと考えられる。

したがって、十分なワクチン治療効果を期待するには、(1)もっと早い段階でワクチン治療をする、(2)できる限り多くのワクチンを混合する、(3)(免疫条件が保たれている)抗がん剤治療を拒否している患者さんを中心とした臨床試験を実施するなどの工夫が考えられる。今のマニュアル至上主義では、標準療法を受けない患者さんは、すべての可能性が閉ざされる。日本の患者さんは、自分で治療法が選択できないのだ。このような在り方は、私は人道的でないと思う。しかし、抗がん剤拒否の患者さんを対象に臨床試験を実施するためには、教条的な新聞社との戦いを制しなければならない。

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