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人は城、人は石垣、人は堀

またまた、歯科にお世話になることとなった。先週の火曜日に、インプラントの歯がポッキリと折れてしまったのだ。すぐに予約が取れず、今日の来院となった。そして、今朝、目の前の車のテールライトがようやく見える程度の突然の激しい雨の中、歯科医を訪ねた。「こんな経験は今までなかった」と言われても、現実に起こっているのだから、何とかして修復して欲しいと懇願する。すると、以前にも紹介した3Dプリンターの登場だ。どのようにしたのか、詳しくはわからないが、90分後には無事に元通りにしてくれた。包括払いに含まれているので、治療費も必要なかった。下手だと採算が合わないという観点からは、包括医療費制度はいいと思う。そして、治療が終わる頃には、空も晴れ上がり、出かけるときには18度だった気温が、31度まで上がるだろうとラジオが伝えていた。無料だったので、心もなんとなく晴れやかだ。

昼前に大学に出勤したが、事務の女性が電話で、「一体どうなってるの」と声を荒げていた。事情を聞くと、実験補助員の採用手続きが全く進んでいないとのこと。昨年の今頃は3人いた実験補助員のうち、二人は医学部(シカゴ大学・ノースウエスタン大学)、一人は大学院(シカゴ大学)に進学したため、代わりを採用しないと困るのだが、人事手続きが非常に時間がかかるのだ。3年前に異動してきたときには比較的簡単だったが、制度が変わって、なかなか思うようにいかなくなって来た。

しかし、相手のあることだから、こちら側の事情で遅くなるのは、一般社会通念として利用するはずもない。人を大切にしないと組織は次第に、そして、確実に崩壊するのに、何とかして欲しいものだ。このままでは、優秀な人材が集まらなくなるのではと不安になる。そんな中で思い浮かんだのが。武田信玄の「人は城、人は石垣、人は堀」という言葉だ。これには「情けは味方、仇は敵なり」と続くのだそうだ。周りを見ていて、情けをかけると必ずしも味方になってくれるかどうかは疑問が残るが、反感を抱かれると敵になるのは事実だろう。私は、他人がどう思うかなどを気にかける人生を送って来なかったので、この「情け・・・・」を他人に説く資格はないが、「人は城、人は石垣、人は堀」は国や大学、企業などで肝にすべき言葉ではないかと強調したい。

江戸時代から明治時代に移行する時、日本も他の国と同様に欧米列強に植民地化されるリスクはあったはずだが、そうならなかった。これには間違いなく、国の戦略を間違えなかった人材がいたからだ。第2次世界大戦後に脅威の復興を遂げたのも、立派な人材がいたからだ。そして、努力という言葉を尊んだ(あえて過去形にする)日本の文化があったことが幸いした。今、教育現場を見ても、医療現場を見ても、人材を育てることにどれだけ注力されているのか、はなはだ疑問に思わざるを得ない。「努力」など死語になりつつある。

いくら才能に恵まれていても、努力しなければ結果はついてこないのだが、楽をして結果だけを求める若者が増えてきているように思えてならない。一過性に成功したように見えても、継続した努力がなければ、線香花火に終わる。日本の学校では、歴史教育は「何年に何が起こったか」を詰め込まれるだけで、背景となる物語が教えられていない。歴史を学ぶことは、成功に導いた背景、失敗を生んだ背景を学ぶことだと思うのだが、詰め込み教育は単なる記憶の強制で、重要なことを教えていない。戦争という悲惨な歴史を繰り返してはならないが、植民地という悲惨な状況を回避した先人たちの知恵と努力を、われわれは十分に学ばねばならない。経済活性化は必要だが、人を育てなければ、人を大切にしなければ、線香花火に終わる。

先人の歩みから人を大切にすること、そして、努力が価値あることを教えねば!

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