腫瘍免疫ゲノム学-12;非小細胞肺がんに対する抗PD-1抗体治療

米国臨床腫瘍学会の時期にオンラインですでに「非小細胞肺がんに対する抗PD-1抗体治療」論文が公表されていたが、今週号の「New England Journal of Medicine」に発刊されたので、改めて、この抗PD-1抗体治療に関するデータを振り返ってみたい。

(1)生存率

50%の患者が生存している期間は抗体治療群が9.2ヶ月、ドセタキセルという抗がん剤治療群が6.0ヶ月となっている。それぞれ135人・137人と患者さんの数は大きくないので、この生存期間を95%の確からしさの幅(ずれたとしても95%の確率でおさまると考えられる幅)で計算すると、それぞれ9.2ヶ月と6.0ヶ月が、7.3-13.3ヶ月と5.1-7.3ヶ月の幅となる。したがって、同じような試験をした場合、両者が7.3ヶ月と差が全くなくなる可能性も残されている。統計学的に見るとそうなるので、患者さんの数が少ないときは慎重な評価が必要である。また、1年後の生存割合は、PD1抗体群が42%(95%の確率で34-50%の幅となる)に対して、ドセタキセル群は24%(17-31%)であり、大きな差となっている。結果を見る限り、圧倒的に抗PD-1抗体治療が勝っている。

(2)治療継続期間

PD1抗体治療群とドセタキセル治療群を比較すると、前者の方が治療継続期間が非常に長い。論文が出た時点では、PD1抗体で一定の効果があった患者27人中17人が依然として治療継続中であったのに対して、ドセタキセル治療群では12名中4名だけであった。すぐに抵抗性となる抗がん剤に比して、抗体治療群では安定した病状で維持している患者さんが多いことがわかる。さらに、抗体群では腫瘍縮小が16週以降に始まった患者さんが少なくないので、治療の効果判定はこれまでの基準は通用しない。がん細胞と、それをがんをやっつけるリンパ球の攻守のバランスをひっくり返すのに時間がかかる。

(3)副作用

グレード3-4の副作用は、抗体治療群で7%、ドセタキセル群では55%であり、圧倒的に抗体薬が優れている。日本に帰国したときに、日本では抗PD-1抗体治療薬の副作用発生率が高いようだと耳にしたが、あくまで伝聞なのではっきりはしない。いずれにせよ科学的な情報を収集する必要がある。

(4)効果が期待できる・できない患者さんの選別

これまでのデータでは、がん細胞などがPD-L1(PD-1と結合してがんと闘うTリンパ球の働きを抑えてしまう物質)をたくさん作っている患者さんでより効果があると報告されてきたが、この論文では、それはかなり断定的に否定されている。効果があるといっても、はっきりとした縮小効果が認められるのは約20-50%の患者さんである(何を基準にするかによってこの数字はことなる)。1回の注射に百万円単位の薬剤費がかかり、それを3週間に1回ずつ注射すると、半年で1000万円前後の薬剤費となる。したがって、効果が期待できる患者さんを絞り込むことは、患者さんのためにも。医療経済学的観点からも非常に重要である。

この流れから、私が何を伝えたいのかを予想される方が多いと思う。腫瘍細胞の遺伝子異常だけでなく、腫瘍組織内の免疫環境、免疫細胞や免疫に関連する物質を調べ、それをデータベース化することが急務である。特に、日本人はHLAの多様性が低いので、欧米に比してこのような研究をするには大きな利点がある。

日本の研究者は、「大規模データ」という声が上がると、すぐに「自分の研究費はどうなるのか」「研究者に作業のようなことをさせるのはけしからん」といって反対の声を上げる。このようなコメントで、日本のゲノム研究は10年以上、貴重な時間を失ってしまった。

がん研究の目的はがんを予防し、早期発見し、治癒させることである。現在のように免疫チェックポイント抗体治療が大きな注目を集める状況では、当然ながら、研究分野の優先度は急激に変わってきている。一旦走り出したら、方向を変えないような車では、時代の変化に取り残されてしまう。今は日本の地の利を生かして、再び世界に貢献できるチャンスでもある。腫瘍免疫ゲノム学に皆さん、注目して欲しい。

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