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ゲノム編集技術;受精卵・胚の遺伝子操作は許されるのか?

医療(一般)

米国マサシューセッツ工科大学ブロード研究所長のEric Lander(エリック・ランダー)博士が、ゲノムを操作して、デザイナーベイビー(親が望む子供)を作ることが可能になってきた状況への警鐘を鳴らすコメントを「New England Journal of Medicine」に掲載した。

ユタ大学のマリオ・カペッキ博士が遺伝子操作によって、細胞中の遺伝子の機能を無くす方法(ノックアウトマウス)を確立して約30年になる。このノックアウト技術によって、遺伝子の機能解析が飛躍的に進んだ。私は当時ユタ大学にいたので、この画期的な方法が確立される様子を間近で見ていたので、そのインパクトは忘れない。彼はこの業績で、後にノーベル賞を授与されたが、これは当然だと思う。この当時、冒頭のランダー博士は、私のもとに遺伝子多型マーカーを見つける方法を問い合わせてきた、ゲノム研究の初心者だったが、今や、この分野の押しも押されもしない大御所だ。

このノックアウト技術が確立された頃から、受精卵・胚や胎児の遺伝子操作・遺伝子治療をすることが話題になっていたが、技術的なハードルが高く、SFに近いレベルだった。約20年前には、受精卵(正確には受精卵から少し分裂した胚の一部)の遺伝子を調べ、受精卵を選別する方法(これもデザイナーベイビーと呼ばれた)が可能となり、この是非が議論されるようになった。この時点でも、受精卵などの遺伝子操作・遺伝子治療は、依然として技術的に困難であったため、この是非を問う倫理的な問題がそれほど重要視されることはなかった。

しかし、時間は流れ、「Genome Editing」(ゲノム編集)をする技術が急展開したため、人間のゲノムを作り変えることの是非を議論する必要に迫られている。CRISPR-Cas9という新技術によって、遺伝子を編集(作り変える)する技術に革命的な変化がもたらされた。技術の詳細は省くが、遺伝子をより自由に操る時代がやってきたのである。操作は簡単だが、技術的にはまだまだ多くの課題が残る。たとえば、狙った遺伝子以外の遺伝子に変化を起こす危険性も高い。受精卵でそんなことが起これば、大変だ。

米国の科学アカデミーが今秋に世界中の研究者を集め、「ゲノム編集」の是非を議論するようだが、ランダー博士の論文によれば、受精卵や胚のゲノム編集は規制される方向に動くと考えられる。「技術的にできること」=「医療としてやっていいこと」ではない。私は「病気を治療する」ためであっても、受精卵や胚のゲノム編集には反対だ。その結果は、次世代に引き継がれるのだし、神の領域に手を出すべきではないと思う。

「病気を治療する」目的が、いつのまにか、「知能指数を高める遺伝子」「運動能力を高める遺伝子」などと変化していくと、いつ、どこで、どんな形で予期せぬ形で人類が逆襲を受けるかわからない。

日本国内でも、これは生命科学だけの問題ではなく、社会全体で考えるべき問題である。といっても、日本の高等教育はみんなで議論できるほど十分な生命科学教育を提供していない。安保法案のように「法案が通れば、徴兵制が始まる」などと「風が吹けば桶屋が儲かる」ような極論・誇張が起これば、まともな議論にならない。一歩間違うと、医学研究全体に対する、どんな横槍が飛んでくるかもしれない。少数の反対者が、声を大きくして騒げば、それが社会全体の世論のようになってしまうような文化が根付いている日本の社会ではなおさらだ。

いずれにせよ、科学に対するリテラシーが先進国や中国と比しても遅れている現状は嘆かわしい。そして、永田町や霞ヶ関の人たちの生命科学知識の低さは国にとって致命的ともいえるほど低い。

 

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