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米国独立記念日に思うこと

雑事

今、外では180度見渡す限り、無数の花火が打ち上げられている。目の前の科学博物館の裏でも花火が上がり、特等席での花火見学だ。部屋を暗くしてビールを飲みながら、花火や爆竹の騒音の中で、みんなが、盛大に、そして素直に、この日を祝う米国と、日本の建国記念日との違いはどこにあるのかと思う。独立してから、まだ、250年もたっていない米国の独立記念日は正確だろう。それに比して2000年の歴史を誇る日本の建国記念日は正確にわからなくて当然だ。何かにつけて戦前の記憶に結び付け、素直に日本の歴史を誇ることができない人たちには辟易とする。

 

天皇家を中心として日本の歴史が築かれてきたことは紛いのない史実である。第2次世界大戦後の一時期を除き、千年単位で日本という国の独立が保たれてきたことは、世界の歴史を振り返っても驚異的なことであり、日本人として誇りを持っていいことではないかと思う。

 

そんな中で、国歌や国旗をどう扱うのかは「大学の自治」に委ねられるという記事を目にした時には違和感を覚えざるを得なかった。日本では、国立大学だけでなく私立大学も、多額の税金が投入されている。日本という国に存在して、国費に依存しているに関わらず、国歌や国旗の扱いは自治で決めるとは何事かと思う。オリンピックで日本の選手が金メダルをとり、「日の丸」が掲げられ、「君が代」が流れれば、私など無条件で感動する。これらは間違いなく日本の象徴なのだ。これらの象徴の元に、もっと素直に自分の国に誇りを持てないものなのか。「大学の自治」を主張するなら、経済的に税金に頼らず、独立すべきなのではないのか?といっても、「今は日本に税金を納めていないのに好き勝手なことを言うな」と叱られそうだが。

 

4回目の米国独立記念日を米国で迎えたが、日本の存在感の低下が止まらないような気がしてならない。日本の国会も、配慮のない国会議員の発言で揺れているようだが、もっと日本という国の理念を議論してほしいものだ。

 

そして、明日は女子サッカーワールドカップの決勝戦だ。日本の選手の活躍は海外にいる日本人を勇気づける。しかも、対戦相手は米国だ。頑張れ、なでしこジャパン!日本の誇りを賭けて!

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