甲状腺がんの流行

シカゴの天候の変化は恐ろしい。昨日の最高気温は35度近かったが、今日は16度。自転車で帰宅したが、肌寒い上に、突然、雨が降り出して、びしょ濡れになった。しかし、1週間で3回も虹を見たので、何か、いいことがあればと期待したい。

研究生の一人が、甲状腺がんと乳がん併発症例の遺伝的素因を研究していることから、外科教室で主催された「甲状腺がんの流行」という講演に興味をひかれ、拝聴しに行った。「米国では、1975年と比較して、甲状腺の頻度が3倍になっている。何が、原因か?」から話が始まった。がんの頻度は増えているが、死亡数は増えていない。州別に比較すると、一定の地域では甲状腺がんの頻度が高い。これらの地域には内分泌外科医が多い。

ここまで来ると、スクリーニングの差だと誰でも話の流れが予測できる。そして、仰天するようなデータが示された。韓国では、過去20年に甲状腺がんが15倍になっている。しかし、死亡数には変化がない。講演後に検索したところ、これに関して昨年11月のニューヨーク・タイムズ紙に記事が出ていた。1999年に韓国政府が早期発見を奨励した後に急増して、甲状腺がんがもっとも頻度の高いがんになったそうだ。

甲状腺がんのスクリーニングは超音波検査で行われるため、放射線による被ばくの恐れもないので、受診側も心配することがない。安価でできるなら、「とりあえず」、検査を受けてみようという気持ちになってもおかしくない。先進国では、程度の差こそあれ、同様の傾向が認められるという。増えている(正確には、最近になってよく見つかっている)甲状腺がんの大半は、病理学的には、乳頭がんと呼ばれるタイプだそうで、がんといっても性質のおとなしいタイプだ。 

演者は、1センチメートル以下のものは、急がずに様子を見ることでいいと述べていたが、近藤誠氏が聞くと喜びそうな話だ。しかし、私ならば、腫瘍があるのを知りながら、しばらく様子を見るのは、爆弾を抱えているようで気持ちが悪い。大腸のポリープも小さなものは経過観察をすることが多いが、多段階発がんを研究してきた研究者としては、がん化するかどうかは確率の問題と思っているので、私ならさっさと切除してほしい。

 以前にも触れたが、1センチのポリープと3センチのポリープでは、(良性)腫瘍細胞の数は、3の3乗で27倍違う。がん化への遺伝子変化が全く偶然に起こるとする。3センチのポリープを1センチのものを基準として比較するとがん化の確率は27倍高い。間違いなく、早く取ってもらった方がいい。 

1センチのポリープを、3センチを基準として考えると、がん化の確率は約3%強程度しかない。その数字をどう捉えるかは、かなり個人差があると思う。気の小さい私には、3%と言う数字は大きく感じる。だから、切除してほしい。私がこんなことを言って、みんなが切除を希望すると、消化器内科医がてんてこ舞いで叱られるだろう。でも、これが小心者の私の本音だ。 

話を戻すが、早期発見は命を守るためには、絶対に重要だ。だからといって、韓国の甲状腺がんの例のように、「診断し過ぎ」「治療し過ぎ」がいいはずもない。かつて、がん研究所に在籍していた時に、「私なら、悪性と良性は100%区別できる」「私は誤診したことがない」と断言した病理診断医と口論したことがある。細胞の種々の変化は連続的に起こるので、1・2・3・4・5と整数のように明確ではない。3.26も3.45もあるはずだ。もし、がんの見落としを避けるなら、怪しいものをすべて「がん」と診断すれば、後日、「がんを見落とした」と非難されることは絶対にない。

 大腸腫瘍の境界型の診断が、病理医によってかなり差があったという論文もあった。がんは、現在の知識・技術をもってしても、一筋縄ではいかない存在なので、診断も簡単にできるというものではない。この「甲状腺がん流行」騒動によって得られた教訓は生かすべきだが、決して、がん検診を否定する方向に利用してはならないと思う。 

がんは火事と同じで、ボヤは簡単に消火できるが、燃え広がると手が付けられない。命を救うための方策が最優先されるべきであること忘れないでほしい。

(コーヒーの花)

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