腫瘍免疫ゲノム学―11;移植片対宿主病と移植片対白血病

「移植片対宿主病(Graft-versus-host Disease:GVHD)と移植片対白血病効果(Graft-versus-leukemia:GVL)」といっても、これらの医学用語は、一般の方にはとてもわかりにくい。造血幹細胞移植治療によって、移植されたリンパ球などの免疫細胞が、移植を受けた患者さんの細胞を攻撃することによって起こるのがGVHDで、簡単に言い換えると造血幹細胞移植による副作用である。私が若いころには骨髄移植という名称が一般的であったが、現在では骨髄以外の造血幹細胞(赤血球、白血球、血小板などを作るもとになる細胞)、たとえば、臍帯血(へその緒に含まれている血液で、赤ちゃん由来のもの)が最近では多く利用されている。

GVHDには、急性(移植後100日以内)と慢性(100日以降)とがあり、急性のものは皮膚、消化管、肝臓などを主な標的臓器として症状が出現する。皮膚に発疹や水疱ができ、特にひどい場合には焼けただれたようになってしまう。慢性型は自己免疫病に類似し、いろいろな臓器に症状が出る。急性型のものは、移植後の死因の大きな部分を占めるものである。

これに対して、GVLは移植された細胞が、移植を受けた患者の白血病細胞を攻撃するものである。一般的にはGVHDの出現する患者さんは、GVL効果が高く、再発が少ないと報告されている。現在は、骨髄移植治療は、白血病だけでなく、リンパ腫、多発性骨髄腫、骨髄異形成症候群などに対しても広く行われていることから、GVLではなく、GVT(Graft-versus-tumor)効果とも呼ばれる。

われわれは、骨髄移植を受けた患者さんの血液のT細胞の変化を、T細胞受容体(TCR)のシークエンス解析を行って追跡した。骨髄移植前、移植30日後、100日後、半年後、1年後(患者さんによって、最後の二回は少し日にちが異なっている)のリンパ球の移り変わりを、DNAシークエンサーを利用して、TCRの変化を指標にして詳細に調べた(6月8日にBone Marrow Transplantationにオンラインで公表された)。

GVHD症状を示した患者さんでは、症状を示したあたりに採取した血液内で、特定のリンパ球がかなり増えていることが明らかになった。このGVHDに伴って増えた細胞は強力な免疫抑制剤による治療後には、激減したり、消失していることから、これらのリンパ球が移植を受けた患者さんの皮膚・消化管・肝臓などの細胞を攻撃した悪玉のリンパ球と推測される。GVHD症状の無かった患者さんでも、特定のリンパ球の増加はある程度認められたが、GVHD患者に比べてその程度は弱かった。

この急増したリンパ球のTCRの情報をもとに、移植されたリンパ球が患者さんの細胞のどのような分子を標的として攻撃したのかを解明することができ、GVHD回避に向けた科学的な情報が蓄積できるものと考えている。また、再発の有無で違いに関してT細胞を評価したところ、再発した患者さんでは、「外敵からの攻撃を防ぐために十分な免疫システムを構築することができなかった」=「患者さんに残っていた白血球細胞を攻撃するための十分な免疫態勢(GVL)を取ることができなかった」と考えられる結果を得ており興味深い。

骨髄移植に伴うGVHDを最小限にして、GVLを最大限にするためには、患者さんで起こっている現象の科学的背景を明らかにすることが不可欠である。20世紀においては、数百万細胞のT細胞受容体を調べることなど不可能であったが、ゲノム解析技術の進展に伴って、「不可能」が「可能」となった。HLA分子(白血球の型を決める分子)は非常に多様であり、TCRやB細胞に存在する受容体(BCR)もきわめて多様性に富んでいる。もちろん、ヒトゲノムも多様性に富んでいる。

今後10-20年、免疫ゲノム学、腫瘍免疫ゲノム学的なアプローチによって、多くの病気の原因や治療効果・副作用に関連する、桁外れに膨大で複雑な情報が蓄積されるであろう。そして、それが、「治療不可能な病気」を「治療可能な病気」に変えることを願ってやまない。

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