一緒にがんと闘おう

米国臨床腫瘍学会が明日で終了する。この間、日米欧の参加者と多くのミーティングの機会を持った。この歳になると、5日連続で外食をするのは結構厳しいものがあるが、有意義な5日間でもあった。もちろん、個別の内容をブログで述べるのは道義的にも問題があるし、不適切なので触れることはしない。

 

ただし、MDアンダーソンがんセンターの上野直人先生と意気投合した件については紹介したい。上野先生と私は、米国の大学に属してはいるが、日本の現状を憂慮している点は共通だ。がん患者さんに対する熱い思いを競っている。その上野先生との食事中、上野先生から、「AKB48」や「恋するフォーチュンクッキー」 という言葉が飛び出し、私の頭の中は??????????で一杯になった。もちろん、AKB48の名前くらいは知っているが、恋する何とかと言われても、何のことかさっぱりわからない。がん患者さんを励まし、がんに対する社会的認知度を高めるために、MDアンダーソンのスタッフや日本の仲間たちに呼びかけてプロモーションビデオを作ったと言う。

 

これでも、私の古びた頭には何のことかさっぱりわからない。私は日本を離れて3年少し、彼は23年なのに。世代間差かと少し寂しい気持ちになる。その時、同席していた人が「これです。」と言ってYouTube(https://www.youtube.com/watch?v=0XGnzYMoX3g)を見せてくれた。ちゃんと事務所や会社に利用許可を取って利用しているそうだが、「恋するフォーチュンクッキー」という曲に合わせて、医療スタッフが踊っている。このビデオの編集を上野先生がしたと言ったのを聞いて、さらに驚いた。

 

確かに医療スタッフに親近感が湧き、共に患者さんや家族に医療関係者との連帯感を持てもらう効果はあると思う。しかし、米国の患者団体や慈善団体に比較すると、個人の努力には限界がある。特に、日本と米国の対がん協会を比較するとその活動の差は、「爆撃機と竹槍」程度の差がある。日本でも、対がん協会によるリレー・フォー・ライフなどの活動が広がってきているが、米国とは規模がかなり異なる。その上に、私の天敵の朝日新聞との関係が強いので、私には心理的な溝が深い。

 

とはいうものの、がん研究や臨床研究の重要性を理解していただく社会的な活動は不可欠だ。上野先生と「二人は日本を離れているので、しがらみがないし、学閥に縛られることはない。何とか大きな輪を作ることはできないものか。」と会話が弾んだ。その中で出てきたのが、社会的に大きなメッセージを訴えることのできる人を巻き込んだ啓蒙活動だ。「がんを知り、がんと闘う」活動をできないものか?

 

「是非、一緒に何かやりましょう」との一言を言って、自宅に帰ったところ、患者さんの家族から「家内が今朝亡くなりました」とのメールが届いていた。昨年10月に報告した新薬の治験に参加できないものかと、メールを送ってこられた方だ。もちろん、まだ、治験は開始されていない。こんな時は、文才のない私には、返事を書く言葉を探すのが難しい。奇しくも、今日は母の命日だ。16年前の自分が、その家族の思いに重なる。何の武器も持たず、がんという敵に家族が殺されるのを待つのか、最後まで家族を守るために持っている武器を使い果たすまで戦い続けるのでは、看取った家族の悔いの大きさが全く異なるように思う。われわれには、家族が思い残すことのない武器を提供する責任がある。もちろん、患者さんが元気になり、家族と共に笑顔を取り戻すことができれば、本望だ。

 

それには大きな社会的運動を起こす必要がある。米国では新薬の開発とそれを検証するための臨床試験が膨大な規模で行われている。日本では、朝日新聞を先頭に、患者さんや家族がリスクを取ることさえ、羽交い絞めにして抑え込もうとする。この状況を変えることが自分に残された人生に重要だと再認識した。何ができるか、二人で考え、これまでできなかった活動を開始したい。

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