医師が「医師免許が必要な仕事」に集中できる体制をー2

You-tubeで遊んでいたら、美空ひばりさんの「人生一路」という歌に行きついた。この歌を作曲したのは、若くして亡くなったひばりさんの弟さんだ。ひばりさんはこの弟さんの影響でかなり苦労された。成人した子供や兄弟姉妹の影響で、親や兄弟姉妹が世間の批判を浴びるのはおかしな話だ。

 

改めて聴いてみて、歌詞が心に沁みた(聴いたことのない人は、是非、聴いてほしい。ある年代以上には、きっと人生の応援歌として伝わると思う)。私の生き方に通ずるものがある。特に「泣くな迷うな 苦しみ抜いて 人は望みを はたすのさ」や「生きる試練に 身をさらすとも 意地をつらぬく 人になれ」は、私の人生哲学そのものだ。こんな意地を通す人間が見当たらなくなった。損な生き方だとは思うが、筋が通らないことで頭を下げるくらいなら、損をしてもかまわない。

といっても、残された時間は無限にあるわけではないので、今後の身の振り方を考えなければならない。やりたいことはたくさんあるが、できることには限りはある。この歳になって強く思うのでは、医師免許がなければできない仕事に携わってみたいことである。もちろん、老眼もあるし、今さら、外科医に戻れるはずもないが、免疫療法医として、わずかでも臨床に関わりを持ちたい気持ちが強くなってきた。

 

しかし、前回も触れたが、日本の医療現場では、医師でありながら、医師でなくともできる仕事量があまりにも多すぎる。大学のような大きな組織では、委員会と称するものが無制限に増殖して、会議に割かれる時間が拡大している。特に、日本は結論も出さず、だらだらとメンバーから異論がでないように議論を引き延ばすことが多い。「和を以て貴しとなす」文化の影響か、後で苦情が出ないように、反対する人が諦めるのを待っているためなのか、無駄が多い。

 

助教などの職員採用も、公平を期すために公募することが奨励されているが、ほとんど意味がない。もし、自分の教室で大学院を卒業する人間がいるとする。大学院生活の間に、人物評価もしっかりできている。そして、優秀で、今の研究を続けてほしいと考えている状況で、外部から人材を登用しようと思うはずがない。形式だけの公募をしても、応募する人間に失礼な話だし、書類や委員会の手間など全く無駄である。

 

もちろん、公募の手続きは、レベルの低い人間を縁故採用する質の低い教授に対する抑制策であるが、どう考えても今のシステムはおかしい。いろいろなガイドラインも、不届きな人間が出ないような抑止策として作られているが、それらに対応するための書類整備のための時間や労力の無駄は膨大である。結局、不届きものが出る度にどんどんと無駄な作業が増え、医師免許がなくてもできるような非生産的な、非効率的な仕事量が増える悪循環に陥っている。

人間として、医師として、あるいは、医療従事者として、患者さんの人権やプライバシー保護に必要なことを徹底的に教え、そして自由度を増せばいいのではないのか。もし、それに違反した際には、氏名の公表も含め、厳罰にするようにすればいいと思う。医療に関する情報は加速度的に増えている。それに対応して医療の質を向上させるには、医師や医療従事者が、新しい情報を身に着けるだけの時間的なゆとりが必要だ。インターネットで情報が簡単に入手可能でも、最新情報を調べ、勉強するための時間が絶対的に不足している。現状のままでは、結局は医療の質が低下していくのは必然である。

 

学内政治や院内政治に現を抜かしているような人間にとってはどうでもいいことかもしれないが、患者さんのために少しでもいい医療をと考えている医師や医療従事者が、仕事をしやすい環境つくりを目指して欲しい。そして、自分の決めた道をまっすぐに突き進むような次世代を担う人材が育ってきてほしいと願うばかりである。

 

胸に根性の 炎を抱いて 決めたこの道 まっしぐら

明日にかけよう 人生一路 花は苦労の 風に咲け

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