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絶滅危惧種;医師研究者

雑事

今日から5月だというのに、今朝の最低気温は6度と寒い。朝は耳あてをして、コートを着ての通勤だった。今週は最高気温が10度を切る日が続いていた。明日からはようやく最高気温が20度を越えそうだが、長い冬だった。3年前の3月末にシカゴに来たときには、木に葉が茂っていたが、今年は半分以上の木に葉がない状態だ。安倍首相の議会での演説は、日本では大きく取り上げられているようだが、米国では、ボルチモアでの騒ぎがあったためか、それほど大きなニュースにはなっていない。しかし、今回の訪米は、日本と米国の関係強化には大きく貢献したことは間違いない。安全保障やTPPに焦点が当たっているが、医学・医療分野での日米協力に触れて欲しかった。「Precision Medicine」を共同で進めると、一行でも入ればよかったのに残念だ。

話は変わるが、3日前にシカゴ大学で「医師研究者は絶滅危惧種」と称する内科特別講演会があった。米国では医師免許を持っている人のうち、NIH(国立衛生研究所)から研究費を得ているのは0.8%に過ぎない、このままでは医師免許を持った研究者が絶滅してしまうのではと危惧している内容であった。米国では一般の4年生大学を卒業しないと医学部には入学できない。医学部は4年であるので、日本での高校卒業後にすぐ医学部に入学できる環境(ただし、医学部は6年)と比較すると2年長くかかる。また、米国での私立大学医学部の4年間の授業料は平均で約2500万円である。医師免許を取るには年限もかかり、費用もかかる。

卒業しても、レジデント、フェローと修行を積み、専門医資格を取ると35-40歳になってしまう。日本でも同じ傾向にあるが、この年齢になって医師としてやっと一人前になってから、また、研究者として丁稚奉公から始めるのは大変だ。私も経験があるが、4年間みっちりと外科の修行を積んで、かなりの責任を持たされるようになった後、全く経験の無い遺伝子研究を一から始めるのは辛かったものだ。私の場合、生化学に興味があり、大学時代に生化学研究室でお世話になっていたので、研究に関しては全くゼロからのスタートではなかったけれど、下積み生活は決して楽ではなかった。

演者は、病気の治療に当たっている医師が研究の場からいなくなると、医学研究の全体の質が低下すると警鐘を鳴らしていた。確かに、病気そのものを十分に知らなくては、患者さんで起こっている現象を正確に理解するのは難しい。マウスモデルは有用だが、所詮、マウスはマウスであり、患者さんから学ぶこと無くして医学の進歩はない。しかし、医師でない研究者よりも、臨床と研究を両立させている研究者を特別枠で優遇する考えにはついていけなかった。

セミナーに参加していた、医師でない研究者は「1-2年だけ研究室に少し顔を出して、研究の真似事をした人が指導者になっていく。基礎をしっかり学ばないといい加減な医師研究者が増えるだけだ。」と嘆いていた。小保方問題でも指摘されたが、しっかりとした教育をすることなく、博士を量産しても、ろくなことは無い。日本でも米国でもそうだが、研究を自分で組み立てることもできず、結果もきっちりと解釈できない、他人の聞きかじりだけで、口の達者な人が大きな顔をしている場面に遭遇することが多くなったように思う。

医師でなくとも病気のことを十分に理解し、科学的な考察力の優れた研究者が、医師でないことを理由に冷遇されてはマイナス面の方が大きいのではないだろうか?医師・非医師で区別(差別)するのではなく、優秀な人材を排出するための教育問題と、公平な評価に基づいて優秀な人を如何に盛り立てていくかの問題である。日本では、小学校の運動会でも結果の平等性が尊ばれるように、平等が公平より優先される。社会にでれば、いやでも競争に晒される。競争がある現実から目を背けさせようとしているから、そのストレスに耐えられない人が増えてきているのではないだろうか?このような社会システムを変えていかないと、次世代を担っていくリーダーが育ってこないように思う。

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