母体血液を利用した胎児染色体異常診断

前回のブログで、気力や視力の衰え、早期退職の話を書いたので、研究室のOBの方々から心配のメールをいただいた。気力・視力・記憶力・思考力は逆立ちをしても、30代や40代のころには遠く及ばない。これは私だけでなく、万人に共通だと思う。でも、これまでの積み重ねや経験でカバーできる部分も大きいので、議論に負けることは珍しい。ただし、相手の理解があまりに悪いと、議論を続ける根気がなくなった。かつては、部下に「相手が参ったというまで主張すべき点は主張し続けろ」と檄を飛ばしていたが、時間がもったいないので、無駄には使わない。「納得しないなら、ご自由にして」だ。そんな時間があれば、松山千春さんや石原裕次郎さんの歌、昔の青春ソングを聴いている方がはるかに有意義だ。

 

早期退職の件は、舌足らずの部分があったので、付け加えると、65歳を過ぎてからの話である。まだ、最低でも3年頑張らないと、早期退職による退職金を受給できる資格がない。退職金は65歳で最大で、74歳まで支給されるが次第に減額される。経験でカバーできなくなった時が引き際だ。それまでに、最低でも一つは、新しい抗がん剤の承認が得られているだろう。競争は激しいが、これが叶わないと必死で頑張ってきた人生の意義が失われる。

 

と無駄口を叩いだが、ここで表題の話題に移りたい。今週号の「New England Journal of Medicine」に約1万6000人規模のダウン症候群につながる「第21番染色体数の異常の有無」を、母体血液を利用して診断した結果が報告されていた。検査は、母体の血液から分離した血漿中に含まれるDNA(胎児の細胞由来のDNAが含まれる)を利用して行ったものである。

 

35施設の国際共同研究グループが実施したもので、15,841名の妊婦のDNA診断を行った。この方法とNuchal Translucencyと呼ばれる方法やその他の方法を利用した診断法を比較したものである。Nuchal Translucency(NT)は日本産婦人科医会のウエブページによると「妊娠初期の胎児を超音波検査で観察する際、後頸部に存在する低エコー域のことである。NTはすべての胎児に認められるが、この低エコー域が通常の胎児に比べて厚くなっているときは、染色体異常や心奇形などの可能性があるとされている。欧米におけるNTの取り扱いは、出生前診断のマーカーの一つであって、母親の年齢や母体血清マーカー試験などと組み合わせて用いられている」とある。簡単に言うと「超音波検査で胎児の首の後ろにある透明部分が広いと染色体異常の可能性が高い」ということである。英文では「妊娠11-14週の間に調べるべき」と規定されている。

 

このNTを含めたこれまでの方法と、DNA検査を比較した結果、DNA診断は、確定診断された38名の21番染色体トリソミーをすべて陽性と診断していた。それに比して、これまでの方法では、30名は陽性であったが、8名は陰性であった。それに対して、疑陽性(間違って異常がある可能性が指摘されていたもの)は、これまでの方法では854名、DNA診断では9名と、圧倒的にDNA診断が優っていた。13番染色体と18番染色体のトリソミー検査でも、陽性診断率は、DNA診断では12名中11名であり、これまでの方法では12名中9名、疑陽性率はDNA診断では3名、これまでの方法では77名であった。

 

子宮内の羊水を採取して調べる方法は、検査自体によって起こる流産リスクが約0.3%であるので、もし、従来の方法で陽性とされた合計約1000名の妊婦が羊水検査を受けるとすると異常のない3名の胎児の命が危険にさらされる。それに比して、母体血を利用したDNA診断は圧倒的に侵襲リスクが低いし、この論文のデータが確実に再現されれば、その診断精度は格段に高い。

 

安全で正確な診断という観点では、DNA診断に間違いなく軍配が上がるが、問題は費用である。ネットによると500-2000米ドルとあった。これが高いと思うか、安いと思うか判断は分かれるだろうが、もちろん保険ではカバーされない。研究室にいる医学部の学生によると、超音波検査も高いので、それほど高いと感じないと言っていた。ただし、この論文で検査を受けた集団と同じ集団が検査を受けると、一人の染色体異常を見つけるのに、約320名の妊婦が検査を受けることになる。一人約10万円とすると、一人の染色体異常胎児を見つけるのに約3000万円かかることになる。

 

もちろん、胎児に染色体異常があると見つかった場合に、妊娠を継続するかどうかは両親に決定権がある。授かった命を尊いと考えて継続するのか、育てる自信がないと考えるのかは難しい課題である。特に日本には社会が子供を育む体制の整備が大きく遅れている。働く女性を支援することが安倍政権の一つの目標になっているが、是非、ハンディキャップのある方たちを社会がサポートする体制を整えてほしいものだ。

 

科学技術が進んでいるにも関わらず、それらの知識を正確にわかりやすく伝えることができていない現状を変えないと、イノベーションが有効に活用できないのではないだろうか?

 

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