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シカゴで迎える4年目の春

シカゴ大学で勤務を始めたのが2012年4月1日。今日で4年目の記念日を迎えた。長いようで、あっという間に過ぎた3年だった。朝日新聞事件によるメディアへの怒り、それに続く内閣官房で過ごした失意の1年。そこからの新たに自分を見つめなおし、再起を目指した渡米から3年。

いろいろと学び、考えさせられることが多い3年であったが、自分の人生には有意義であったと思う。残り少なくなった人生で、この経験がどこまで社会の役に立つかはわからないが。米国に来てもっとも考えさせられたことは、リーダーシップの問題である。明確なビジョン、目標を持たないリーダーのもとでは、組織は必ず弱体化する。

明確なビジョンや目標があっても、それが間違った方向性であれば、もちろん、組織は崩壊していく。明確なビジョンがあっても、それを明確に部下に伝達し、部下がトップの意を汲んで行動する場合にのみ成功の可能性が待っている。その観点で、4月1日に発足した日本医療研究開発機構の動きには注目したい。

一研究室のトップである私の4年目の目標は、当然ながら限定的であるが、今後のがん治療にとってインパクトのあるものにしたいと願っている。その目標とは、(1)免疫薬理ゲノム学に関する本の出版(Immunopharmacogenomicsで世界初の出版物にしたい)(2)個別化ネオアンチゲン・ワクチン治療の実用化の評価(3)がん免疫ゲノム学に関する論文の発表とその臨床応用(4)新しい分子標的治療薬の開発、である。

(1)については、研究室のメンバーからの原稿がすでに集まっており、私がそれらに目を通し、校正すれば目途がつく。目標は今年10月中の出版だ。3月31日を締切日として10人に原稿を依頼していたが、4月1日午前10時にはすべての原稿が提出された。この奇跡的な努力には、全員にキスしたいくらい、心から感激した(セクハラ・パワハラで訴えられそうなので、もちろん、こんなことはしないが)。

(2)に関しては、すでに準備が整っている。これまで見つけてきたワクチンに比して、格段に効果が高いのか、それほど差が無いのか、早急に決着をつけなかればならない。費用効果を考えるとこれまでのワクチンが優位なのは確実だが、免疫活性化能力が劣らないことを実証しなければならない。これによって、今後のがんワクチン療法の方向性が大きく異なってくる。

(3)に関してはすでに4編が出版済み、あるいは、採択されており、2編が再投稿中となっている。これら6編のうち、4編は腫瘍浸潤リンパ球に関するもの、2編はがんワクチン関連、1編は自己免疫病に関するものである(1編は二つの要素が含まれているので、延べ7編となる)。今後3-4が月で投稿予定が5-6編あり、ようやく腫瘍免疫ゲノム学・免疫薬理ゲノム学分野で成果がまとまりつつある。おそらく、この研究分野は一気に広がるであろう。(2)(3)については、私の周辺の日本の研究者には2-3年前から重要だとアドバイスしていたが、残念ながらアンテナを持たない人間には、全く伝わらなかった。

(4)新しい薬剤開発に関しては、メチル化転移酵素やその他の酵素を標的とした薬剤開発がオンコセラピー社との連携で進められており、今年度中にはもうひとつ臨床応用可能な化合物が見つけられると期待している。

新しい研究に対する情熱は失せないが、この歳になると難しくなるのが引き際だ。研究を続けるには予算が必要だ。しかし、研究費を稼ぐために齷齪と書類書きに時間を投じるのも面倒になってきた。一生懸命に研究計画書を書いている研究者には申し訳ないが、老眼と老化に伴う集中力低下で、若いときよりも数倍の労力がかかるような気がする。

また、論文投稿や研究費申請に対して、的外れな評価を受けると、かつては反骨精神が燃え盛ったが、今は馬鹿を相手にしたくないという気持ちが勝ってしまう。20年ほど前に「オーダーメイド医療など夢物語だ」という批判を受けた際には、その先見性の無い批判を跳ね返そうという気持ちが私を強く突き動かしたが、今なら、もういいやと思うかもしれない。年齢を積み重ね、人間が丸くなったのか、情熱が失せてきたのかわからないが、気持ちの変化は隠せない。

そんなことを考えているときに、大学から早期退職をすると退職金が支給されるとの書類が送られてきた。寿命が延びてきたので、大学はテニア職員の給与や福祉費負担が重荷になってきている。私は、死ぬまで働き続けることができる条件だが、桜のように潔く散りたいと思っているし、第一戦から身を引くには何かきっかけが必要だ。私が米国に移ることについて感想を求められた当時の官房長官が「給料がいいから移るのでしょう。」と人を馬鹿にしたようなコメントをしたのを覚えているので、金銭を理由に引退はしたくは無いが、研究はエンドレスなので、区切りをつけるには何か理由が必要なのは事実だ。

ひとつでも薬が承認されるタイミングで引退するのがベストなのは確実なので、臨床試験が早く進むことを願っている。そして、足元だけしか見えない研究者ではなく、もっと遠い先が予見できる研究者の台頭を願っている。

米国に捕えられたドイツU505潜水艦の実物(全長76メートル)

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