他人のiPS細胞を利用した治療は安全か?

理化学研究所によってiPS細胞を使った目の網膜の再生医療の臨床研究が行われている。昨年の9月に1例目の患者さんの治療が行われたが、その効果がどうなのか、情報が伝わってこない。先週には、2例目は他人のiPS細胞を使うと報告されたようであるが、科学的に大いに疑問である。京都大学などが中心となって行われている「iPS細胞ストック」の細胞を活用するためというが、これが優先されるべき理由にあたるとは思えない。

日経新聞には「iPS細胞は目や心臓などさまざまな細胞に変化できる万能細胞で、皮膚などの細胞から作る。患者本人の細胞を使えば免疫拒絶が起こる心配は少ないが、治療に膨大な費用と時間がかかる。」とあったが、「費用と時間」を考える前に、「効果と安全性」を実証することに、まず、配慮すべきではないのか?ここまで、iPS細胞ありきの姿勢を貫くことが、本当に国の対応として望ましいのかと問いたい。私がこんなことを言えば、朝日新聞に袋叩きにされるのは、火を見るより明らかだ。

まず、「費用と時間」がかかっても、拒絶反応が起こりにくい本人のiPS細胞で、できる限り安全性を確保した上で、効果を確認すべきである。たとえ、本人のiPS細胞でも、iPS化の過程で遺伝子変異やタンパクの修飾が起こるので、拒絶反応のリスクがゼロという保証も無い。また、私には「網膜が再生すること」=「物が見えるようになること」が同一とは思えない。網膜で捕らえられた光の刺激が、視神経を通して脳の視覚野に伝達されて、初めて物体として認識されるはずである。再生された網膜と視神経が、きっちりとつながらない限り、視力は回復しないのではないだろうか?ぜひ、この点がどうなっているのか明らかにして欲しいものだ。

さらに、この時点での他人のiPS細胞の利用はもっと疑問が残る。白血球の型(HLA)があっていれば拒絶反応が起こらないと思っているのであれば、大きな間違いであるし、科学的な常識に欠けていると言わざるを得ない。人間のゲノムには膨大な数の遺伝子多型が存在し、それによって多くのアミノ酸が置き換わっている。患者さんのアミノ酸の並びが(AAAAAAAAA)に対して、他人のiPS細胞が(AAAAAACAA)となっていて、しかも、このアミノ酸の断片(ペプチド)がHLAに結合する場合、治療に使われるiPS細胞は、患者さんによって外敵と見なされる。その結果、iPS細胞に対する免疫活性が高まり、炎症が起こり、最終的に細胞が排除される。骨髄移植の例からも、これは医学的な常識である。

確かに、iPS細胞と言うのはSTAP細胞と違って本物であり、その科学的への貢献は誰も否定できない。素晴らしい成果であるし、日本発の発明である点も明らかだ。だからといって、ここまで強引に臨床試験を進めるのは、科学的な観点からも無理がある。2例目で他人のiPS細胞を利用して臨床試験を進め、拒絶反応が起これば、日本の科学への信頼をさらに損ないかねない。今回は、科学の問題だけではなく、日本の医学的見地からの審査体制に大きな汚点を残しかねない。まず、効果があること=視力が回復することを数人でもいいので確認し、その上で、多くの人がこの科学的な進歩の恩恵に浴するように次の段階へと進めることを考えるべきなのではないだろうか?

医療産業の発展・振興は重要だが、これには医療に対する信頼の醸成が不可欠である。たとえ、iPS細胞でも、例外であってはならない。