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恩師・神前五郎教授逝く

元大阪大学医学部第二外科教授・神前五郎教授の訃報が届いた。大正生まれの95歳、心からご冥福をお祈りしたい。

 

神前先生は私の人生を運命づけた恩師である。神前先生が当時の大阪大学教授でなければ、研究者・中村祐輔が存在した可能性はゼロであったと断言できる。山崎豊子さんによって執筆された『白い巨塔』の主人公・「財前五郎」と「神前五郎」の名前の類似性から、そのモデルであったと誤解されている(同じ医局でありながら、若い人にはそのように誤解している人も多い)が、財前五郎とは全く異なる、学問を愛した人格者であった。

 

『白い巨塔』の単行本は1965年に出版された。翌年には田宮二郎主演で映画化されて、大きな話題を呼んだ。このころ、私は中学生であった。スキー事故で重傷を負い、中学2年生の第3学期、3か月間の入院生活を強いられ、1日も通学しなかった。そんなこともあり、医療への関心が急激に高まった、まさにその時に、この本と映画に巡り合った。

 

ドロドロとした医学部の人間ドラマに恐れ、不安を抱きながらも、財前五郎とは対照的な里見脩二医師の生き方に魅力を覚えたものだった。結局、自分が入院生活を体験したことが強い動機となり、浪速大学のモデルであった、大阪大学医学部へと進学した。小説の中で描かれた病室から見える眺めは、千里に移転する前に中之島にあった、大阪大学医学部付属病院からの風景そのものである。

 

話を神前五郎先生に戻そう。もし、神前先生が財前医師のようであったなら、私は第二外科には入局していなかったと思う。手術の腕は、もちろんすごかったが、医師としては、財前タイプではなく、どちらかというと里見医師に近い、学究肌の先生であった。医局のカンファレンスなどでも、筋道の通った説明ができなければ、その矛盾点を論理的についてくるので、緊張感があった。このようなピリッとした雰囲気で育たなければ、人間は成長しないと今でも強く思う。

 

いろいろなことがあり、私は大学病院での研修を6か月で自ら辞め、大阪府立病院で救急医療を1年間学び、その後、瀬戸内海・小豆島の内海病院、私立堺病院外科と転々としていた。ところが、ある日突然、同じく私の人生に大きな影響を与えたもう一人の恩師、第二外科の小川道雄先生(その後、熊本大学外科教授)から「君に遺伝子研究をするようにと神前教授から命が下った」(少し時代がかった言い方だが、雰囲気的にはこのような感じだ)と連絡があった。「市立堺病院の研修を切り上げて、すぐに大学に戻るように」と言われた。その頃には、胃がんや大腸がんの執刀者を任され、外科医として充実した生活を送っていたので、少し考え込んだ。

 

しかし、若いがん患者に無力だった口惜しさ、抗がん剤の効き方や副作用の個人差などの臨床現場で感じた疑問を科学的に解明したい気持ちもあったので、堺病院に迷惑をかけないように後任を送ってもらうことを条件に大学に帰って遺伝子研究に携わることを了承した。外科医でありながら、神前教授は血液凝固の仕組みやがん化の過程・遺伝子が働く仕組みなど根本原理を理解したいという学問的探求心が非常に強い方だった。

 

1981年の4月から基礎研究を始めたが、当時は人の特定の遺伝子ひとつを見つけること自体だけで大変な作業を要した。研究にはRNAをもとにDNAを作ることなどが必要だったが、その逆転写酵素と呼ばれる酵素は、米国NIHから譲り受けるしか方法がなかった時代だった。わずか三十数年前のことだが、本当に隔世の感だ。もちろん、遺伝子研究をしている外科医など、日本国内にはいなかった。

 

私は基礎研究者には向いていない性格だと今でも思っているが、運命か、天命かはわからないが、メスを捨て研究を続けている。これを、恩師が私に期待していたことだとは思えないが。日本に1989年に帰国以降、学会で講演するたびに、暖かく声をかけていただいた。現役のころとは異なり、細い目でにこやかに、講演の感想などを語っていただいた。しかし、現役時と全く変わらない知的好奇心は、私など足元にも及ばない。時に、私の講演の司会などしていただいたが、そんな際には昔の厳しさが身に沁みていたせいが、いつも背筋を伸ばして、緊張して講演をこなしたことが、今となってはなつかしい。

 

90歳を過ぎてからも、がん患者さんのためにならないと近藤誠氏に論戦を挑んだ姿には、心から感動を覚えた。この恩師の気持ちを忘れないようにと、肝に銘じねば。しかしながら、そんなわが師の純粋な気持ちを「白い巨塔のモデルが近藤氏に論戦を挑んだ」との見出しを付けた日本のメディアの安っぽさが腹立たしかった。売れさえすれば何でもありか?

 

もう一度、「中村君、今日の話はよかったね」の神前先生一言を聞いてみたい。ご冥福を。

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