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腫瘍免疫ゲノム学―6:ネオアンチゲンとオンコアンチゲン

医療(がん免疫・免疫ゲノム学)

遺伝子変異数とがん組織での免疫反応の強さ、あるいは、遺伝子変異数と免疫チェックポイント抗体の効果が関連する研究成果を紹介してきた。これらを背景に、遺伝子変異(アミノ酸変異)を含むペプチド(ネオアンチゲン)を治療用抗原(ワクチン)として利用する動きが活発化してきた。われわれは、がん化に関連し、がんと精巣(あるいは胎児組織)だけで大量に作られるタンパク質を見つけ、これらの情報をもとに免疫活性可能の高いペプチド(オンコアンチゲン)を治療用ペプチドワクチンとして利用してきた。

多くの研究者は論文を書くことを第1目的としているので、新規性を求めて、ネオアンチゲンに飛びついている。確かに、患者さんのHLAは非常に多様であるし、遺伝子変異も特定の遺伝子を除けば患者ごとにかなり異なるし、同じ患者さんでも、発見時と再発時などを比較すると遺伝子変異はかなり異なっている。

したがって、ネオアンチゲンは(HLAの多様性)X(がんの遺伝子変異)の組み合わせで考えると、何万種類、何十万種類、ひょっとすると百万種類以上あるかもしれない。これにタンパクをペプチドの分解する、プロテアソームという装置の個人間の多様性も加えれば、しばらくは論文のネタは尽きないだろう。ただし、これまでの研究では、ほとんどがコンピューターによる理論的なもので、本当に予測されるペプチドががん細胞内で生み出され、抗原として示されているという確証がない。

しかも、現実の医療応用を考えると、大きな課題が横たわる。ネオアンチゲンといっても、何万種類もあれば、それぞれの免疫活性化機能には、桁違いの多様性があるだろう。T細胞のうち、自分自身の細胞を攻撃しそうなものは、排除されるようになっている(ネガティブセレクション)。また、細菌やウイルス、あるいは、化学物質などに暴露されると特定のリンパ球はポジティブセレクションによってその数を増やしていく。したがって、同じ抗原(ワクチン)で刺激したとしても、免疫反応が同じように起こってくるとは限らない。

それに加え、患者ごとに異なるペプチドを利用すると、薬剤としての評価をすることが困難となる。現在の医薬品承認の基準では、同じ品質のものを特定の患者群に利用して、コントロール群(同質の患者群の偽薬、もしくは薬剤非投与群)と比較の上で優位性を証明する必要がある。ペプチドが異なれば、化学的な性質、溶液への解けやすさや物質としての安定性が異なるため、同じ品質とは言いがたい。発想を大転換してネオアンチゲンという新規の基準で一括りにしない限り、臨床試験をすることさえできない。日本で頭の固い守旧派がいちゃもんを付けている間に、韓国や中国がどんどん臨床試験を推進するかもしれない。

また、個々の患者ごとにワクチンを作る必要があれば、ワクチンにかかるコストは、今のオンコアンチゲンのコストより確実に2桁は上がるだろう。研究論文で必要な新規性という因子と臨床応用に求められる現実的な課題とのギャップを十分に考慮しなければならない。がんを完全に消滅させるだけの力があれば、ネオアンチゲンワクチンでも、免疫チェックポイント抗体でも、数百万円・数千万円かければいいかもしれない。しかし、今の高騰する医療費という現実の中では、数か月の延命のためにどこまでの費用負担をするのかという問題を回避することはできない。医療費は天から降ってわいてくるわけではないので、きれいごとだけを言って済まされるものでは決してない。

この観点からも、ネオアンチゲンとオンコアンチゲンの比較は極めて重要な課題であると言える。オンコアンチゲンがネオアンチゲンに比して桁外れに低い活性であれば議論の余地はないが、もし、同等ならばもちろんのこと、数分の一程度の活性であれば、複数のワクチンを混合すれば、臨床試験の同質性の問題も、コストの問題も不必要に頭を痛める必要はなくなる。また、決まった抗原であれば、それを認識するT細胞受容体も事前に調べることも可能だし、ワクチンによる免疫誘導もモニタリングすることができる。

しかし、同じT細胞受容体をリンパ球が持っていたとしても、がんを殺す能力が同一とは限らない。T細胞受容体をどの程度作っているのか、細胞を殺す物質であるパーフォリンやグランザイムと呼ばれる物質をどの程度産生しているのか、それらがタイミングよく、がん細胞に向かって放出されるのか、検証すべき課題は多い。また、がん細胞の表面にHLA+抗原タンパクがどの程度存在しているのかも影響するだろう。まだまだ、謎は深い。

どうすればよいものかと、無い知恵を絞っている時に、今日、ひとりの若手研究者と話をした。抗原を提示する細胞とTリンパ球の細胞一つずつの接触(接着)によって、T細胞内の極性が瞬時に変わる様子を、蛍光色素を利用して検出する画像を紹介してくれた。世の中は進んでいる。老化した脳では、これらの進歩を追いかけるのは大変だ。

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