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腫瘍免疫ゲノム学―5

医療(がん免疫・免疫ゲノム学)

がん組織内へのリンパ球浸潤パターンは、患者ごとに大きく異なっている。しかも、キラーTリンパ球、ヘルパーTリンパ球、制御性Tリンパ球と異なる役割ごとに区別してみると、がん組織内に分布しているパターンもかなり異なっている。下図のリンパ腫のケースでは、ヘルパーT細胞(赤線枠内の茶色の細胞)はがん組織の中に浸潤してがん細胞と混在しているが、キラーT細胞(茶色の細胞)は赤線枠のがん細胞の塊の外側を取り巻くように存在している。キラーT細胞ががんの拡散(浸潤)を防ぐための防御壁を作っているように見える。

 

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実際、この患者さんは、10年以上無治療のまま、がんが大きくなることも、転移することもないままに経過している。がん細胞を調べると、HLAのクラス1分子(キラーT細胞を活性化する)とクラスII分子(ヘルパーT細胞を活性化して、さらに、B細胞の抗体産生を促す)の両方の遺伝子に変異があった。

 

しかも、それらは免疫の多様性に関係する部分に存在していた。おそらく、HLAに生じた遺伝子異常が、患者さんの免疫を激しく呼び覚ましたものと考えられる。その結果、抗がん剤や放射線治療を受けなくとも、患者さん自身の免疫細胞が、腫瘍細胞と戦っていると思われる。しかし、なぜ、キラーT細胞が城壁のように取り囲んでいる一方、ヘルパーT細胞が、がん組織内に深く入り込んでいるのかは、十分に説明できないし、患者さんごとにそのパターンは大きく異なる。

 

T細胞受容体やB細胞受容体を調べて、がんを含めて、種々の病態で、患者さんの免疫応答の変化を追跡していくことの重要性を、私は繰り返し強調している。リンパ腫においてT細胞を詳細にを調べたところ、長期生存例では、特定のT細胞受容体を持ったリンパ球(おそらくがんをやっつけるために重要なリンパ球)が増えている傾向があった(Liu et al. OncoImmunology 2015)。

 

がんゲノム研究による膨大なデータベースができ、遺伝子体細胞変異、コピー数異常、遺伝子発現異常などの情報が集積されている。しかし、がんを取り巻く環境、特に免疫系の変化などは不十分だし、詳細な臨床情報との関連性などはまだまだ明らかにされてはいない。

 

米国では「Precision Medicine」が一つの研究のゴールとなっている。Preciseな(精密な)情報に基づく治療法の選択が求められている。すなわち、敵をよく知った上で、最善の治療法の選択を行うことである。「あなたの5年生存の確率は30%です。」「今のがんの状態では、余命は平均3か月程度などです。」などと教えられても、患者さんや家族はどうすればいいのだろうか?こんな占いに似た情報の提供などを、医師が責任を果たすための口実にしているような医療は時代遅れだ。

 

「精密な情報に基づく」ためには、がん細胞、がんを取り巻く環境、患者の多様性、その時々のコンディション、臨床経過など多くの情報の統合が求められる。しかし、国や研究者が情報を管理するというと、すぐに「プライバシーだ」「個人情報が漏えいしないのか」などとネガティブなことを並べ立てる人たちの影響で、今でも、正確ながんの発症数や臨床経過などの情報さえ、まともに収集されていない。自分はベストな治療を受けたいと求めつつ、ベストな治療法を追い求めるためのがんの試料や臨床情報の提供を拒む人たちが少なからずいる。日本人が最善の医療を受けるためには、日本人自身の情報に基づく科学的なアプローチが求められることを忘れてはならない。

 

腫瘍免疫ゲノム学は、今、黎明期である。今度こそ、時代を先取りした研究体制の構築が求められる。