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腫瘍免疫ゲノム学(3-2):2種類の免疫チェックポイント抗体の違い

医療(がん免疫・免疫ゲノム学)

久しぶりに日本で講演会をした。どうも日本語が滑らかに出てこなかった。講演時間がシカゴ時間で夜中の0時30分開始という悪条件を差し引いても、もどかしいと感じながらの50分間であった。わざわざ来られた聴衆の方には申し訳なく思う。かつてユタ大学に5年間いた時は、このような不自由は意識しなかったので、英語と日本語のスイッチが若い時ほどスムースには切り替わらないのだろう。老化とは恐ろしい。

 

東京大学医科学研究所での講演会は、3年前にお別れ講演会をして以来で、時の流れるのは本当に早いと思う。会場が満席だったのは、日本のがん医療に対する、患者さんや家族の不満の裏返しであるようにも感じた。その場で私は、「10年後には、がん患者の大半は、何らかのがん免疫療法を受ける」と予測、いや、断言した。苦しい毒性の高い治療法よりも、副作用のレベルが低い免疫療法の方が、患者さんのQOLを高めるに決まっている。

 

免疫チェックポイント抗体として2種類の抗体医薬品がこれまでに承認されている。対象とする分子はCTLA4とPD1だ。この2種類の抗体医薬は、似て非なるもので、副作用の観点からは、PD1抗体の方が優っている。CTLA4と呼ばれる分子は、制御性(抑制性)T細胞で作られる物質である。がんを攻撃するTリンパ球を活性化させるには、Tリンパ球が樹状細胞と呼ばれる細胞(あるいはがん細胞)と接触して、Tリンパ球を目覚めさせる必要がある。

 

この目覚めには、(1)樹状細胞のHLA+抗原(がん細胞の目印となる分子)複合体とT細胞の受容体、さらに、(2)それぞれの細胞の別の分子間の結合が不可欠だ。制御性Tリンパ球にあるCTLAは、この2番目の結合を妨げて、T細胞を眠ったままにする。制御性T細胞は体のいろいろなところで免疫反応が過剰になるのを抑えているため、CTLA4抗体によって全身のすべての制御性T細胞の働きを抑えると、自己免疫病的な反応をおこしてしまう。

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これに対して、PD-1抗体の働きは少々異なる。がん細胞はPD-L1という分子を過剰に作り、Tリンパ球上のPD-1に働きかけることによって、Tリンパ球を休眠化させる。PD-1抗体はPD-1/PD-L1の結合を阻害することによって、Tリンパ球を目覚めさせて、分裂を促し、細胞障害性物質(がん細胞を殺す物質)の産生を増やすと考えられている。もちろん、がん以外の体のどこかで免疫を高める分子と抑える分子が闘っている場合、この抗体の投与によって、免疫を活発にする側が強くなりすぎて自己免疫病のような副作用を起こすこともある。しかし、がん細胞のようにPD-L1を増産して自分を守っているような部位は、それだけ攻撃側のリンパ球も集まってきているはずであるので、がん組織で強く作用するものと考えられている。そのため、この抗体の方が、副作用が軽い。

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いずれにせよ、がん組織内での攻撃側のTリンパ球と、がん細胞を守るPD-L1分子や制御性T細胞のCTLA-4なとの防御側因子の鬩ぎあいは複雑である。今後、これら免疫チェックポイント抗体が有効に働いた患者さんとそうでない患者さんの比較が急速に進むと思われる。しかし、人はマウスの3000倍の体重があり、免疫細胞の数も同じだけ多い。また、マウスはきれいな環境で飼育されている上に、エサも一定のものが提供されている。われわれ人間は常に細菌やウイルス、あるいは、化学物質に晒されているうえに、食生活など非常に多様である。したがって、免疫系の仕組みは3000倍以上に複雑になっている。したがって、がん患者体内で起こっている免疫系の変化を知るには患者さんの協力が不可欠である。

 

講演会の終わりに、「患者さんや家族は、自分や身内のがん治療のことで頭がいっぱいかもしれないが、多くの患者さんの診療情報や遺伝子情報を積み重ねることが、がん治療をより良いものにするために必要です。是非、自分のがんの材料を積極的に提供してほしい。」と締めくくった。同じ病気に罹った人たちのため、自分の子供や孫の世代にためにも、自分も貢献するという気持ちを持ってほしいと願っている。

 

と書いているうちに、「あと1時間でシカゴの到着です。現在のシカゴの気温はマイナス22度です」とアナウンスがあった。思わず、身が引き締まった。ブルブル!