読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

シカゴで3度目の正月

「光陰矢のごとし」と言うが、あと10時間少しで、シカゴに来て3度目の正月を迎える。あと3ヶ月すれば、シカゴ大学に移って3年となる。今年の12月は比較的穏やかであったが、今朝はマイナス14度、体感温度マイナス25度であった。歩いて通勤しようと完全武装でマンションを出たものの、鼻の中が凍てつきそうで断念し、バスに飛び乗った。ソルトレークシティーにいた時も寒かったが、シカゴは風が強くもっと寒く感ずる。

研究室は日本人と韓国人だけで、あとはクリスマス休暇を楽しんでいる。日本も9連休のところが多いようだが、昔と比べるとのんびりしたものだ。日本にいた頃は、走り続けながら考えている時間が多く、今のように立ち止まってゆっくりと考える時間がなかったように思う。しかし、私のような外科医的思考の人間は、術野を見て次の瞬間にどう手を動かすのか、反射的に考え、行動に起こすのが似合っている。これまでも、今でも、将来の研究動向など、ほとんど本能的に嗅ぎ取って、次の手を決めていたように思う。

シカゴに移っても、周りを眺めつつ、免疫ゲノム遺伝学(Immunopharmacogenomics)を次の目標にすると本能の赴くままに心に決めてやってきた。肺がんペプチドワクチン患者のT細胞の解析、リンパ腫におけるTリンパ球浸潤の二つの論文が採択され、クローン病、大腸がんペプチドワクチン治療患者、骨髄移植後のリンパ球の変化などをT細胞受容体をシークエンスした論文は投稿中である。この分野は複雑だが、なかなか面白い。シークエンス技術の急速な進展がなければ研究できなかった、新分野である。

2015年には、薬物・食物アレルギーや抗体療法を受けた患者の解析などに広げて行きたいと考えている。日本人は遺伝学的に多様性が少ないので、日本でやる方が一定のルールを見つけやすいと思うが、今ではそれも簡単にはいかない。この点だけは、日本に足場があればと後悔する点だ。

後悔と言えば、ある時、私が「私はゲノム研究をやりたい」と言ったときに、「流行を追いかけるような学問をするな」と怒鳴られたことがある。ユタ大学にいた時から、ゲノム研究を切り開いてきた研究者の一人としての自負があった私には、この無責任な一言は許せなかった。「私は新しい研究の流れを作り上げてきたのだ。」そして、大阪にある大学の兼任を自ら打ち切った。もちろん、全く後悔していない。

いろいろな機会に、静かに立ち止まって、もっと冷静に考えていれば、私の人生は大きく変わっていただろうが、その人生が自分に満足の行く人生だったかどうかはわからない。私の周辺には、常にあれやこれやと考えて決断ができないままに、ずるずると日々暮らしている人が多いが、私は何もしないで後悔するよりも、何かをして後悔する方がいいと考えて行動してきた。何かをして後悔をする結果となっても、失敗を反省し、次に生かすことができるが、しなければ後悔だけが残る。

もし、私が治療法が尽き果てた末期がんと診断されれば、私は躊躇なく、新薬の治験にエントリーする。何もせずに座して死を待つよりも、最悪の結果となっても、世のため、人のためになると思うから。今年1年、多くの患者さんからメールを頂いたが、多くのがん患者さんは、私と同じような思いでいるようだ。生き延びるための権利、これが米国にあって、日本にないものだ。

 

f:id:ynakamurachicago:20150101035236j:plain