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STAP細胞の終焉

いまさらとも思うが、「STAP細胞が再現できなかった」という、理化学研究所による記者会見があった。日本滞在中で記者会見の様子を見たが、日本の低迷を象徴する「嘘まみれのSTAP」事件であった。この信じがたい研究者のフィクションに振り回された1年であり、残されたのは、日本の再生医療研究のリーダーの死と日本の科学への信頼低下だけであった。

 

この決着のつけ方に疑問を持つ人も多いようだが、小保方氏本人に否定させない限り、「私には隠されたレシピやノウハウ」があるという言い訳が続いていたに違いない。また、解雇すれば、泥沼の長期裁判になって、いつまでも面白おかしく、メディアの視聴率稼ぎに貢献するだけだったろう。

 

しかし、故意であったかどうかは別にして、3月初めにはSTAP細胞の存在が根底から覆されるようなデータが明らかにされていた。できる限りの面倒は避けたいという気持ちは理解できないでもないが、小保方氏本人が白旗をあげ、辞表を出すまで判断を保留した理化学研究所の姿勢には疑問が残る。

 

発表直後から、世界中の研究者が理化学研究所の看板を信じて、いろいろな細胞を利用してSTAP細胞の作製を試みた。「200回以上成功した」と語っていたにもかかわらず、いまさら「条件の制約があった」との小保方氏のコメントは、受け入れがたい。日本の科学に対する信頼を揺るがせたのは間違いがないが、世界中の研究者に無駄な努力を払わせた責任の所在が今一つ不明瞭である。本人の責任が最も大きいことは当然であるが、あれだけ派手に宣伝をしたのであるから、組織としての責任をもっと明白にすべきではないのか。

 

理化学研究所サイドが「STAP細胞は存在しなかった」という表現を避け、「再現ができなかった」という言葉にこだわった点にも納得がいかない。下村文部科学大臣のはっきりと存在を否定した表現の方が正しいのではないのか。

 

また、相沢顧問の「科学を犯罪者扱い・・・・・」のコメントは、何を言いたいのか、全く分からない。この問題は、どう考えても、科学の世界だけで済む話ではない。たとえ、緑色蛍光についての解釈が間違いであったとしても、細胞死に関連する自己蛍光であれば、死んだ細胞からマウスが生まれるはずがない。科学的ではない行為があったから、このような騒ぎになっているのではないのか?ニュースで責任を一人に負わせるだけでいいのかというコメントがあったがその通りである。

 

若手は不安定な立場で追い詰められているからこのような事態が生じたと発言する人がいたが、これもおかしい。お金がなくて困っているから、泥棒が増えても仕方がないと言っているに等しい。どんな状況でも、守られるべき最低限の道徳は必要であり、周りが悪いから犯罪的行為をしていいという理由にはならないだろう。

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