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政策論争なき衆議院選挙

雑事

与党が大多数を握り、かつ、任期を2年も残す中、衆議院が解散され、選挙戦に突入した。野党は大義なき解散と非難しているが、私は挽回の機会を与えてくれた安倍総理に感謝すべきではないのかと思う。現状のままのまとまりのない野党勢力では、かつての野党のように、多くの議案に論争もなく反対するだけで、閣僚の不祥事を論うことしかできない。

 

「アベノミクス」に反対なら、それが間違いと言うなら、自分たちが与党になった場合にどんな政策を実施するのかはっきりとさせてみてはどうか。「アベノミクスは正しいが、今の内閣ではできない」と言っていた人がいたが、「アベノミクス」は安倍内閣であるから「アベノミクス」であって、他の方が総理になれば、もはや「アベノミクス」ではない。何を伝えたいのか理解不能である。インタビューの時間が限られているのであろうが、あまりにも内容がお粗末である。

 

急な解散に、解党や別の野党への移籍などどたばたと浮き足立っているが、こんな姿を見ていては、今の野党に託そうと思う人など増えそうにない。経済の問題も、企業の収益が供与に反映されずに実体経済の改善が遅れているだけなのか、別の方策を取らなければならないのか、そうならばどんな施策が可能かなど、是非、堂々と論戦を展開してほしい。

 

確かに、経済の問題は重要だし、株価が上がっているのはいいことかもしれないが、少子化の問題、教育の問題、医療の問題など数十年後の日本を見据えた国家戦略の策定が必要だ。これらの問題は内閣が代わっても、持続して支援していかなければ成果は見えてこない。NHKドラマ「坂の上の雲」の冒頭ナレーションに「ともかくも近代国家をつくりあげようというのは、もともと維新成立の大目的であったし、維新の新国民たちの少年のような希望であった」とのくだりがあった。

 

明治維新から日露戦争への道が正しかったがどうか議論はわかれるだろうが、日本は植民地化されることなく、近代国家への道を歩んできた。明治時代の人たちが、国のビジョンをどの程度まで共有していたのかわからないが、大半の日本人は同じ方向を向いて歩んできたように思う。その中で育まれてきた道徳規範は、東北大震災後の行動となって現れ、世界中を驚嘆させた。その時代と比して、今の日本には、日本をどのような国にしたいのかという哲学もビジョンもない。日本国民として、希望と誇りを持てるような議論を望みたい。

 

ましてや、産経新聞に「小4なりすましのサイト炎上」との記事があったが、これなど、あまりにも情けない話だ。小学生になりすまして衆議院解散を非難して、与党の足を引っ張ろうなど、姑息という言葉では済まされない低次元な話だ。日本語の辞書から「正々堂々」という言葉が消えてしまったのか?

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