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臓器移植報道に見る医療の不平等・不公平

2日前の日曜日で夏時間(米国ではDay-Light Saving Timeと呼ぶ)が終わり、日の出、日の入りの時間が1時間早くなった。先週の土曜日までは午後6時ころに暗くなっていたのが、午後5時には外は暗い。昨年、一昨年は、今頃の時期の午後6-7時に帰宅すると、道路はうす暗く用心をしながら歩いていたが、今年は明るく感じる。けっして、街灯が増えたのではなく、冬が早く訪れ、過去2年間は生い茂っていた葉が、ほとんどの木で枯れ落ちているからである。しかし、今年の冬がどこまで寒くなるのか心配で、シカゴは温暖化現象とは無縁のように思える。

 

帰宅してテレビをつけると、中間選挙の動向が流れている。これまでは上院は民主党、下院は共和党であったが、上院でも共和党が優位に立つかどうかが焦点となっている。どこかの国でも「ねじれ現象」で何も決められない時期があったが、米国でも後にも先にも動けないような状況が続いている。といって、両院とも共和党が過半数を占めれば、政治が動くわけではない。民主党のオバマ大統領が、あと2年の任期を残しているのだから、議会とホワイトハウスの対立があるような案件は何も進まなくなる、レイムダック状態になることが懸念されている。(11月4日午後10時40分現在、CBSニュースでは共和党は上院過半数を制す)

 

日本は、その意味では、議会の過半数を制すれば、自分たちの主張に沿った政策を実現することが可能である。しかし、残念ながら、報道で目にするのは、低次元のスキャンダルの暴きあいだけで、まったく政策に対する議論が進んでいない。民主党議員の「汚らわしい」という憲法無視の発言で、SMバー問題もうやむやになったようだ。と考えこんでいるときに、子供が海外で心臓移植を受けるための募金を紹介する記事を目にした。

 

このような募金の記事を目にするたびに、日本のメディアのダブルスタンダードと、自分たちの作り出している、医療に対する不平等・不公平さに関する認識の甘さを苦々しく思わざるをえない。誰がどのような基準で、募金を集めている患者を選択し、紹介しているのか?もし、脳死移植を是として、それを認めるなら、なぜ、日本での臓器移植推進のキャンペーンをしないのか?

 

日本の医療の最大の利点は、患者にとって、平等であり、公平である点にある。受診する医療機関を選ぶ権利は保障されているし、医療費も同じである。受診している1次医療機関によって紹介される病院に制約があるかもしれないが、原則的には、希望すればどこの病院でも受診できる。メディアの患者募金の報道は、治療を受ける患者、あるいは治療を受けさせたい親から見た平等さ・公平さという観点では著しくバランスを欠いている。どのような手続きを踏めば、平等に募金活動を紹介する記事を書いてくれるのか、ぜひ、その基準を示してほしいものだ。

 

もし、なんとなくその場の雰囲気でというなら不見識極まりない。その程度なら、一切募金活動を紹介すべきでないし、子供が元気で帰ってきたときの美談を報道すべきでない。自分で経済的負担ができず、募金もできない親や家族が、どのような気持ちで記事やニュースを見ているのか心すべきである。もし、海外での臓器移植が必要と考えるなら、臓器移植の経費を国が負担するような法案の成立を推進すればいい。

 

朝日新聞社よ、平等・公平がその信条なら、こんな窮地の時こそ、子供の命を救うために立ち上がってみてはどうでしょうか?

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