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ハワイの苦い思い出

雑事

ある町の副市長がハワイの海で事故にあわれた記事を見て、約10年前の事件を思い出した。現場は、日米合同がん学会が開催されたハワイ島であった。日本癌学会と米国癌学会は交流が深く、3年に1度合同会議をハワイ島で開催している。事件は、ある年の1月下旬ハワイに到着した翌日の昼ごろに起こった。

この時の合同会議では、早朝から昼頃までと、夕方から夜にかけて会議が開催され、昼間はフリー時間であった。午前のセッションを終えて、部屋に戻りゴルフに出かけようとした直前、一緒に来た部下の一人から、虫の鳴いたような弱弱しい声で、「助けてください」という電話がかかってきた。息絶え絶えに、隣のホテル(といっても車で10分程度かかる)の海岸で泳いでいて溺れたらしいことを伝える。心の中で「このばか者」と思いつつも、あまりにか細い声なので、他の部下2人と駆けつける。

といっても走っていく距離ではなく、ホテルに頼み込んで車を手配してもらい、やっとたどり着いた。われわれの少し前を救急車が駆けつけていく。「会議にも出ず、何をしているのだ」とどやしつけようと思ったが、顔面が蒼白で脈拍も弱い。救急隊員が最高血圧が60だと教えてくれる。本人と奥さんに事情を聞くと、心房細動の既往歴があり、時差ぼけのある中で、1月末の冷たいハワイの海に入り、発作を起こして意識がなくなり、周りの人に海岸に引っ張りあげられたとのことであった。

全く英語が話せないため、救急隊員に英語が話せる人が同行するように求められる。他の二人は医師ではないので、必然的に私が同行することになる。救急車は丘の斜面を左に右にと曲がりつつ、上に登っていく。救急隊員が無線で連絡して医師の指示を仰ぎ、何かを注射する。その直後に、患者(部下)が苦しいと言い出したので、何を注射したのかと聞くとジギタリスと答えた(と思う)。心電図は変化がないが、私も不安になり、胸がドキドキして、横向きに座っているためか、車に酔ったような気分になる。

心が寒くなるような状況で、とりあえず病院に到着。病院のベッドに寝かされると、部下も少し安心したためか、顔色もよくなり、血圧も100程度に回復する。病院の医師にどんな薬を飲んでいたのか、日本語の薬剤名も書かれた写真つきの錠剤の本を見せられるも、どの薬か覚えていないと言って医師を困らせる。ゴルフもできず、時差もあって疲れ果てた私は、「君は内科の医師ではないのか!」と心の中でプンプン!と思いつつも、1時間程度、通訳をしながら経過を見た。大丈夫と思ったので、病院にタクシーの手配を依頼する。が、自分の仕事ではないとばかりに、電話の位置を指で示し、この町にはタクシーはありませんので、ホテルに電話して手配してくださいと言われ、がっくり。救急車で30分ほどかかったのだから、タクシーを呼んでも40-50分は待たねばならない。

ようやくホテルにたどり着いたときは、日が暮れつつあり、1時間弱で夜のセッションは始まる。することもなく、小説を手にもって、ベランダの椅子に腰を落ち着ける。数ページめくったところで、眼下のゴルフ場から、「OBや」と大阪弁の聞きなれた声が聞こえる。目をそちらにやると私の部下たちが、叫んでいた。それで、ムカッとし、どっと疲れが増したことを鮮明に覚えている。

 

副市長の事故では、公務中なのか、プライベートな時間なのかが問われているようだが、必要な業務をこなしているなら、そこまで目くじらを立てなくてもいいように思う。公務でハワイに行っても、自分の時間をどのように過ごそうが自由ではないか。もっとおおらかな時代だった時には、日本人はもっと活力にあふれていたように思えてならない。この副市長のご冥福を心からお祈りしたい。

 

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