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体感温度調整法の設置を

シカゴ

シカゴで痛めたのどが回復しないまま、日本に4泊6日で出張し、1時間の講義を3回した。発熱はないものの、声がかすれ、咳がひどく、帰りの飛行機では他の乗客に迷惑にかからないように、鎮咳剤を服用し続けた。そのためか、いつもより長時間眠ってしまい、機内でやるはずだった仕事を持ち越したままだ。帰った日は夜中に目が覚めることもなく、13時間近く眠り続けた。こんなことは記憶にない。今朝も夜中に目覚めることなく、目覚まし時計で起こされた。

咳は体力を消耗するというが、食欲がなく、帰米直後から2キロ以上体重が減った。オフィスに入ると空調の送風口の位置が頭上から、1メートルくらい移してあったが、相変わらず部屋の温度は私には寒い。今朝も、私は晩秋用の薄手のコートを着用していたが、半そでのTシャツを着て通勤・通学している人も居た。人種差別・性差別などさまざまな差別を是正する方向で社会は動いているが、残念ながら体感温度の差にはまったく配慮がない。ぜひ、「体感温度調整法」なども作って欲しいものだ。

一定の室温を「平等」なのか、「公平」なのかという観点でみると、みんな同じ温度条件で仕事をしているのだから「平等」に違いないと納得せざるを得ないが、決して「公平」ではないと思う。他の人にとって快適な温度であっても、私にとっては不快な低温でしかない。昨日は咳も落ち着きつつあったが、オフィスに落ち着き、「寒い」と感じた瞬間から、咳がぶり返し、体がだるくなった。精神的なものなのか、何かが本当にのどを刺激しているのかわからないが、咳が止まらなくなった。2年間、通風孔をアルミホイルで塞ぐという原始的な方法で自己防衛していたが、それも許されないとなると腹立たしい。

ちょっと愚痴っぽくなってしまったが、生活していると、ある側面では「平等」ではあっても、必ずしも「公平」でないことはよくある。ある国の国立大学では、民族の比率に応じて入学定数が決められているため、成績が優位でも入学できないことがある。人種比という観点では「平等」かもしれないが、個人の努力が報われない点では「公平」でない。

日本の医療費は、全国どこの医療機関を受診しても同じであり、医療費を支払う側から見ると平等ではあるが、医師の側から見れば、手術の達人でも、経験の浅い外科医でも、同じ診療報酬であるのは明らかに公平ではない。下手な人が手術をすると合併症も多く起こり、医療費は逆に高くつくこともある。

ピアニストやバレリーナでも、努力の末に、高名な賞を獲得すれば、それなりに報われる。レストランでも、三ツ星と名がつけば高額な価格設定になる。日本では白衣を着た詐欺師医者が、望みを絶たれた患者さんを食い物にして、高額な経費(とても医療費と呼べるものではない)をぼったくりしている。平等さの中に公平さが反映される仕組みを考えてほしいものだ。

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