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「うちわ」か「うちわのようなもの」か

雑事

日本に戻るため、今、シカゴ・オヘア空港のラウンジにいる。日本とはだんだんと遠くなるような気がするが、今でも、学会などにご招待いただけることはありがたい。先日、引き際について書いたが、研究者生活をおくっている間は、これまでにお世話になった方々や、関係分野の方々から招待を受けると、あり難く招待を受ける返事をついついしてしまう。

 

しかし、私が講演などをして、果たして日本の若者たちの刺激になるのかと考え込んでしまう。確かに、最近でも、シカゴの私のもとには、ポスドクの希望依頼が、週に2件程度は送られてくるのだが、日本人からの応募は皆無である。一番多いのが中国(米国在住者も含む)、そして2番目がインドからである。日本の知人からの要望があって採択した研究者はいるが、直接、門戸を叩いてくる研究者は残念ながらいない。 

中国は国を挙げて研究者を育てようとしているし、研究者も大志を抱いているというか、ハングリー精神が強い。それに比して、日本からの留学生は志の点で大きく劣っているように思う。少なくとも将来、国を背負って立とうという気持ちは全くないとしか受け取れない。私がかつて留学していた時には、私も私の周辺の研究者にも、もっと国を背負っている気持ちが強かった。

 

と思いながら、日本の政治のニュースなど読んでいると、これでは若者の士気は上がらないと思う。確かに、政治資金の問題は無視できないが、「日本をどうするのか」という議論はできないのかと腹立たしく思えてならない。医療・福祉をどうするのか、消費税をどうするのか、エボラ対策をどうするのか、などもっと国会にふさわしい議題があるだろう。

 

「うちわ」か「うちわのようなもの」か、など国会で取り上げる問題か?法的に問題があるかどうかは新聞やテレビに任せておいて、閣僚・国会議員の個人の資質問題ではなく、「国」の問題を真正面から議論してほしい。科学立国というなら、具体的にどうするのか議論の種は尽きないはずだ。「1番にならなくてもいい」と今でも考えているなら、「うちわ」を取り上げる前に、日本の科学技術政策で論戦を挑めばいいのではないかと思う。

 

日本のように資源のない国は、人材をどう育てるのかが国の将来を左右する。留学生が減ってきている現状、医師で研究をする人口も激減している状況など、憂うべき課題が山積しているのだ。いつまで、低俗な足の引っ張り合いをしているのか、国会は?

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