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桜と引き際の潔さ

色づいた葉が散りゆく様を眺めていて、ふと、桜の花の散る様を思い浮かべた。理由はわからないが、50歳に近づくころから、自分の引き際がどうあるべきか考えるようになった。「人間五十年、下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり。ひとたび生を得て滅せぬもののあるべきか」と、織田信長が桶狭間の戦いの直前に謡いながら踊ったことでよく知られている一節である。私は織田信長が大好きなので、この言葉が脳裏に焼き付いていたのかもしれない。

 

今は日本人男性の平均寿命は80歳近いので、50歳で引退すると残りの人生をどうして過ごすべきなのか考え込んでしまうが、50歳で一区切りをつけたいと思っていた。しかし、50歳を迎える少し前の2000年に故小渕首相が「ミレニアムゲノムプロジェクト」を立ち上げ、国とがん患者のためにご奉公をと考え、2005年まで頑張ろうと思い直した。その後、幸いにも「国際ハップマップ」計画・「バイオバンクジャパン」計画を率いることになったものの、自分が思い描いていた引退するチャンスを失してしまった。

 

私の理想とする引退の姿は、歌手の山口百恵さんの引退である。もっとも輝いているときに身を引く姿にある種のあこがれを抱いていた。これは、日本人が桜を好むことに相通じるのではないかと思う。吉野山など桜の季節には、山が桃色に色づく。そして美しい色のまま、花びらが舞い散っていく姿は幻想的でもある。美しい姿を惜しまれながら、心に感動を残しつつ散っていくからこそ、われわれの心に焼き付くのではないかと思う。

 

私は12月8日生まれなので、太平洋戦争とは縁が切れない。そのせいか、桜の花が散るように国のために犠牲になった多くの若者たちへの感謝の気持ちが強い。決して、戦争を美化するつもりもないし、自己犠牲を奨励するわけでもない。繰り返してはならない道ではあるが、そのためにも、歴史の一コマとして決して忘れてはならない事実である。日本がG7かG8かよくわからないが、世界の経済をけん引する国となった背景に、このような犠牲があったことをしっかりと記憶しておくべきだ。

 

話を元に戻すと、今のような状況になって、自分が引退する姿が思い描けず悩んでいる。内閣官房の職を投げ打った時に引退すべきだったかもしれない。しかし、被災地の人に何もできなかった自分が悔しくもあり、情けなくもあり、あの時点で引退するのは自分の人生哲学と相容れなかった。それ以降、米国に渡った後も、何かを成し遂げて、それを契機に身を引く潔さを追い求めている。私にとって、「何か」とは、がんで苦しんでいる患者さんが、私が作りあげた薬で治療を受け、がんが消え去り、笑顔を取り戻すことである。そんな時間は永遠にやって来ないかもしれないし、意外に早くやってくるかもしれない。花が汚く枯れて、哀れな姿をさらすようなことだけはしたくない。もっと頑張らねば!

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