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3度目のシカゴの冬

日本から戻ってきた月曜日には最高気温は29度もあったのに、今日は最低気温が3度で、日中も9度までしか上がらず、もはやシカゴで3度目の冬を迎えつつある状況となっている。1年目は暖冬で、かつて住んでいたソルトレークシティーと比べてたいしたことはないと思った。が、2年目は一転して記録的な寒さに見舞われ、今年は夏がなかったような涼しさで、10月の初めに日本の真冬のような気温となっている。この先の寒さを思うと心も体もぞっとする。

 

私はいろいろな意味で日本での限界を覚え、シカゴに移ったが、この2年6か月の間、日本と米国の新薬開発力の差は何かを考え続けている。複合的な要因なので、簡単には説明できないが、まず、企業サイドから眺めると、最大の要因はベンチャー企業の問題だと思う。IT系の企業など違い、創薬には時間もお金もかかる。いい標的(種)が見つかっても、それが芽をだし、花が咲き、実を結ぶまで大変な作業だ。米国では、長期的な観点で投資する仕組みがあるが、日本では長期的な支援を得るのがなかなか難しい。また、日本の大手製薬企業は、海外のベンチャーには簡単に投資するが日本のベンチャーには渋い傾向にある。

 

大学など研究者集団を眺めると、口先では社会に還元などと言ってはいるが、本気で考えている研究者はごく一部だ。研究費欲しさに創薬・診断を、という人が大半だ。また、知的好奇心こそ貴いとカビの生えたようなことをいつまでも本気で信じている人が多いので始末に悪い。医学はあくまで実学であり、患者に還元してこそ医学のはずだ。また、国から支給される研究費は税金で賄われているのだ。国にゆとりがあるから、知的好奇心を満たすような研究に予算を割くことができるのであって、国が貧しくなれば、そんなゆとりなどなくなるのは自明のことだ。知的好奇心は大切だが、それを楽しむ人であふれれば、国の経済は成り立たない。

 

次は、規制当局の問題だ。そもそも、規制という言葉が間違っている。特に、最近のように新しい概念の薬剤が出てくると、研究段階から研究者・医師・厚生労働省やその傘下の人たちで、新規のコンセプトにどのように対応していくのか一緒に検討していくことが必要だ。米国の医薬食品局は、医師や研究者、そして企業と共に、積極的に新しい概念に取り組んでいる。しかし、日本の医薬品医療機器総合機構は、自分たちが責任を取らされないことが第一義的にあるようで、患者のためにという前向きさが欠けているような気がしてならない。そして、このような後ろ向きの姿勢にさせる一つの原因が、メディアである。

 

日本のメディアには、医学・医療の専門家が少ない。ある新聞社など2-3年おきに人が異動するため、その度に初歩の初歩から説明を始めなければならない。それを20年続けてきたが、あまりの不勉強ぶりに「少し勉強してから来てください」といった人もいる。その人は今やバイオ分野では、ちょっと名の知られた人に成長したが。

 

膨大な知識が年々新たに集積されるため、知識ギャップが大きくなり、文系の大学出身で、生物学や遺伝学の基礎のない記者に、「ゲノムは・・・・」といっても、相手は異なる言語圏に来ているようで、全く理解してくれない。それでも、必死で勉強しようとしてくれる人はいい。

 

最悪なのは、医師や研究者は悪いことをするに違いないと決めつけて取材してくる輩である。日本軍は悪いことをしたと決めてかかる輩と同じで、この人たちと話をするのは時間の無駄である。きっと自分や自分の家族が、「もう治療法はありません。緩和医療はどうでしょうか」と宣告されても、医者は自分を迫害しているとしか思わないのだろう。

 

医学・医療を専門とする記者がもっと増え、その人たちが患者さんと我々のような研究者の思いを伝えることができるようになれば日本は変わると思う。そのような記者が増えなければ、日本という国に住む患者さんたちが、そして、家族が「もっとなにかできるはずだ」「もっと何かしてあげられたのに」という後悔を残さないですむだろう。

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