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オンコセラピー社に託した夢-(3)

医療(一般)

13年を振り返り、ベンチャー他社と比べれば、比較的順調に基盤を固め、乗り切ってきたように思うが、やはり、「ベンチャー=冒険」であることには違いはない。前々社長、冨田憲介氏の手腕によって、国内大手企業と提携関係を結ぶことができ、低分子化合物や抗体医薬品の研究開発を行うことができるようになったことが、今日につながっている。

 

塩野義製薬との提携で、低分子化合物のスクリーニングを始め、有望なものが見つかったが、契約期限内に臨床試験まで進めなかった。しかし、これを通して培った大きな財産が、現在の低分子化合物創薬の進展につながっている。会社からも発表しているが、MELK阻害剤はシカゴ大学で治験が行われており、第2の化合物も順調に進んでいる。現在、キナーゼに次ぐ分子標的として世界で注目を集めている、メチル化転移酵素の阻害剤開発に関しては、オンコセラピー社はその先駆者的存在である。これは10年前、この種の酵素が人のがんで重要な働きをしていることを世界で初めて発見した古川洋一先生(現、東京大学教授)と浜本隆二君(現、シカゴ大学)の奮闘によるものである。

 

フランスで治験をしている抗体医薬品に関しても、道のりは平たんではなかった。現在、がん研究所有明病院で勤務している長山聡君と徳島大学教授の片桐豊雅君が、FDZ10という分子に対する抗体が滑膜肉腫の治療に使えそうなことを見つけたのは2003年(発表は2005年)である。モノクローナル抗体を作り出し、それを患者さんに応用できるようになるまで、論文発表から7年かかった。日本国内で公的支援を求めても「こんな患者数の少ないがんの治療薬を作ってどうする」と言われて、怒り心頭で、頭の血管が切れそうになったことも懐かしい。

 

しかし、この治験薬を切望していた十代の患者さんが、フランス・リヨンで実施されていた治験に参加できないと知らされた際には気持ちが落ち込んだ。リヨン政府の税金で支援しているので、フランス国民しか参加できないと聞かされた。患者のお父様から「日本の研究者が作り出した治療薬を、どうして日本人の患者が利用できないのか」とのメールをいただいた時、「希望」を生み出したつもりが、患者や家族の「苦悩を深めた」ことに、自分の苦悩がさらに深まった。

 

話は変わるが、私は外科医時代の経験から免疫療法は全く信じていなかった。しかし、東京大学医科学研究所で実施した免疫遺伝子治療の報告を、責任者の谷憲三郎医師(現、九州大学教授)から定期的に受けるうち、患者さん自身の免疫が非常に重要だと考えるようになった。最近、小野薬品やメルク社の抗体医薬が日米で承認された。がんを免疫の攻撃から守っている免疫細胞(話は複雑だか、免疫が過剰となって自分を傷つけない仕組みが、がんの発生・浸潤などを手助けしている)の働きを抑えると、がんの種類によって10-50%と幅があるものの、がんは小さくなる。

 

オンコセラピー社は、免疫療法であるがんワクチンの治験を2度試みたが、いずれも不成功に終わった。世界の動向を見る限り、やはり、がん細胞を直接狙い撃ちする免疫細胞の数をもっともっと増やさなければならないと思う。いろいろな工夫が必要だ。しかし、どんな薬を作るにしても、科学的な裏付けを取ることと世界の動きを知ることを怠っては世界との競争には勝てない。

 

オンコセラピー社の財産は、東京大学の私の研究室で昼夜忘れず、「月月火水木金金」と、研究に没頭した数百人の若い研究者たちの血と涙と汗の結晶から生まれている。彼らが、患者さんのためにという必死の思いで築き上げた貴重な知的財産が、会社にとって何にも代えがたい財産である。医師であるかどうかに関わらず、私は自分の「がんという病気を克服したい」という熱き思いを伝えてきた。これを礎にして、「日の丸」印のついた薬を生み出すことが、オンコセラピー社の使命であると、設立者の一人である私は固く信じている。

 

経営に関与する立場にはないし、きれい事だけでは会社は成り立たないのは十分に分かっている。しかし、私の人生の目標は、「今は治せないがんを治す薬を生み出す」ことにある。もちろん、会社も同じ目標であってほしいと願っている。患者さんの笑顔を取り戻す結果を残さなければ、私の人生は無に帰すといっても過言ではないし、会社はそれができなければ、その先はない。見たことのない、行ったことのない世界への冒険の旅である。その成果が日本の誇りにつながれば、なお、幸いである。

 

十年以上もたつと、設立した頃の精神を忘れ、自分が依って立つ根拠さえ理解していない社員が多数を占め、目先のことに追われがちになる。日本を誇る物つくり企業を見ても、設立時のベンチャー精神、設立者の思いを忘れていない企業は今でも大きく輝いているし、目先の利益に目を奪われた企業は消え去ったか、厳しい時代を迎えている。世界のトヨタも、ホンダも、ソニーも、パナソニックも、かつてはみんなベンチャー企業だった。オンコセラピー社は、私の医師としての、がん患者の息子としてのがんに対する敗北をバネに、日本の誇りをかけて、そして、患者さんとその家族の希望と期待を担ってきた会社である。ゆめゆめ、それを忘れないで欲しい。

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