われわれは知識量の急激な増大についていけるのか?

今、ミネソタ州のロチェスターにいる。メイヨークリニックで開催されているNIHの薬理ゲノム研究ネットワークで講演をするためだ。今の気温は11度、朝の気温は5度だったのに、ミーティングルームでは冷房が入っている。たまらず、昼食時に下着をもう1枚着てきたが、たまらない寒さだ。この体感温度の差を遺伝子レベルと調べるべきだと思う。以前、会議に参加して寒かったのでホッカロンを背中に貼り、取るのを忘れたまま、空港のセキュリティシステムを通ろうとして、大変な目にあったので、持ち歩かないようにしているが、後悔しきりである。

 

今週の内科全体の講演会では、David H. Johnson教授(サウスウエスタン大学)が「Healthcare 2.0」とのタイトルで話をした。米国は国際比較で一人当たりの医療費がダントツに非常に高いことが知られている。そのうえ、高齢化に伴う医療費増加は日本ほどでないにせよ、米国にとっても大きな問題である。しかい、今回ここで取り上げたいのは、講演会の中で取り上げられた「医学・医療関係の知識量(情報量)の増加に、医療現場がどう対応するか」という課題である。

 

1900年までは医学関係の知識は150年ごとに倍増したが、2010年には数年で倍増し、2020年ころには0.3年で倍増すると紹介された。この推測の根拠はよくわからないが、DNAシークエンスの速度の進化を考えれば、納得できる。1990年から始まったヒトゲノム計画は十数年の歳月と約1000億円の費用をかけて、ヒトの30億塩基からなる遺伝子情報を明らかにした。2005年には、ノーベル賞受賞者のジム・ワトソン博士が自分の遺伝子情報を2億円の費用で3年かけて解析した結果を報告した。

 

億単位になるとなかなか自分の遺伝子を調べてみようという気にもなれないが、2010年には、一人分のゲノム解析が2週間・40万円程度でできるようになり、最近は1日・10万円程度でできるようになった。この解析コストは遺伝暗号を読み取る実験のコストであり、実際には得られた結果をコンピューターで情報解析するためのコストがこれに上乗せされるので、倍以上のコストがかかる。いずれにせよ、知ろうと思えば、数十万円の予算で自分の遺伝暗号を知ることができる。

 

ただし、得られた情報がどの程度、健康維持と医療に有用であるかについては、医療関係者にもよく理解されていない。遺伝性のがんの遺伝子診断は特定のがんの早期発見・早期治療に役に立つものが多い。一部の重篤な薬剤の副作用などについても遺伝子診断で回避することができる。このような情報を臨床現場で早く応用できれば、重篤な副作用という悲劇を防ぐことができる。生活習慣病などについても遺伝子リスクに応じて、生活習慣に気を付けるようにすれば、予防につながる。糖尿病予備軍が体重を5%減少すれば、本物の糖尿病になるのを大幅に減らすことができるという報告もある。

 

「評価の高い雑誌に報告されているものが有用で間違いがない」というのが幻想であることはSTAP細胞で実証済だ。氾濫する情報の中で、どれが本物で、どれが偽物か、専門家でも難しい中で、それを医療現場で取り入れるのは容易ではない。また、遺伝暗号は人種差・民族差があるので、日本で報告されたデータが欧米で再現できなくとも、それが間違っていると判断できず、真贋論争に決着をつけるのをさらに難しくしている。この観点からは、遺伝情報が類似しているアジア諸国、特に、中国や韓国との協力が極めて重要となる。

 

また、医療関係者や研究者が、日々飛び交う新しい情報を自分で入手してすべて確認することなど不可能と言っていい。われわれが読みこなすことのできるデータの数十倍、数百倍、いや数千倍の情報が提供されている。日本では、民主党政権時代に、コンピューターの計算速度を競うことが必要かどうかといった論争があったが、いくら早く計算できても、それを十分に活用できるだけの人材が育っていないことの方が問題である。

 

ゲノム情報を含め膨大な情報を医療現場で活用するためには、それに必要なすべての要素を強化しなければならない。講演の終わりに、「医療関係が生み出すGDPが、医療関係のコストを上回るようにすることが国として生き延びるために必須である」と述べられた。医療は浪費・消費ではなく、未来のための投資である。これを肝に銘じたい。

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