読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

お腹を刺された暴走族患者の悲哀

雑事

これも、かつて救急医をしていた時のエピソードである。若い男性がお腹にナイフを突き立てたまま、救急搬送されてきた。驚いたことに救急車を追いかけて十数台の暴走族がバイクに乗って押しかけてきたのである。エンジンをふかせて病院内に入ってきたうえに、大声で騒ぐので、思わず「うるさい。静かにしろ!」と叫んだ。心の中で「こわいなー」とつぶやきながら。私も25歳と若かったので、怖いもの知らずだった。今でも、怖いもの知らずの発言をしているとよく言われるが、この頃はもっと過激だった。

 

当然、「なにをぬかしとるんじゃー!」と大阪弁で反発の声が一斉に上がる。しかし、仲間の命が私にかかっているので、手は出してこない(と信じていた)。そこで、「静かにひきあげないと、彼の治療はしませんよ」(本当はもっと柄の悪い大阪弁だったが、ここでは上品な表現にとどめる)と言いつつ、診察室から引き上げる(ふりをする)(今なら、メディアから診療拒否と叩かれそうだ)。そうすると、リーダーらしき奴が歩み寄ったので、(やばいかなと心の中で後悔しながら)「何だ」と威厳をもって応じる。するとリーダーは「静かに引き上げますから、こいつを治療してやってください」と頭を下げる。(よかったと安堵しつつ)「わかった。治療するから、静かに帰ってください」と優しくも威厳を失わず、返事をした。

 

運ばれたときに血圧も安定していたので、大きな血管の損傷はないと思われたが、腸管にわずかに損傷があっただけで、手術は簡単に終わった。家族に連絡を取ろうとしたが、電話番号を彼がなかなか言おうとしない。その時、患者は頭にあったはずの「かつら」がなくなっているのに気づき、「かつらを返せ」と大声を出した。それを逆手に「電話番号を言えば、返してやる」と交換条件を出す。そして、ようやく電話番号を聞き出し、家に電話をしたところ、「あんな子は、煮て食うなり焼いて食うなり、好きにしてください」とつれなく電話を切られてしまった。

 

腹を刺されるという一命に関わる事態であるにも関わらず、家族からの厳しく冷たい一言。もちろん、気の弱い私には患者にそのことを伝えることはできなかったし、なぜか、私自身が落ち込んでしまった。暴走族の患者に対して持っていた悪感情が、一瞬のうちに悲哀の気持ちに変わってしまった。家庭の暖かさに恵まれずにこのようになったのか、このようになったので家族と気持ちが離反したのか、わからない。しかし、小さなボタンの掛け違いがだんだん大きくなったのではないかと想像できる。しかし、退院する際には家族が迎えに来ていたと、後から聞かされた。今は、彼が温かい家庭に恵まれて生活していると信じたい。

 

かつて、大阪では道路を逆走してくる暴走族の集団にひやりとすることが2-3度あった。シカゴでも、一方通行を逆走する車をときどき見かける。このような危険運転はもちろんだが、病院の周辺で夜遅く、爆音を立てて走っている連中に遭遇すると、本当に腹立たしいものだ。かつて勤務していた東京大学医科学研究所の構内で騒音を立てて運転する大学院生がいた。構内には病院がある。その中で騒音を立てる人間には、これだけで博士号を取得する資格などないと、私は思っていたが、ほとんど共感は得られなかった。患者に迷惑がかかることに思い至らない人が、医学博士になるなど悪い冗談だと思うのだが?

 

ちなみに、刃物で刺されても、絶対に刃物を抜いてはいけない。抜けば、出血量が一気に増えて、病院に運ばれるまでの間に出血多量で命を落とすリスクが高まる。こんな確率はゼロに近いが、念のために。

f:id:ynakamurachicago:20140906124556j:plain