読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

電子カルテの功罪

シカゴ大学では夏休み期間を除き、毎週火曜日昼食時に内科全体の講演会が開催される。スタッフにはランチボッックスが無償で提供されるので、昼食時間を割かれるという言い訳は通用しない。内科といっても、循環器内科、内分泌内科、腫瘍内科などと細分化されている内科ではなく、内科全体がひとつのDepartmentとなっている。それぞれの専門分野はセクションとして独立しているが、この講演会はいろいろな分野をカバーするので、非常に勉強になる。

夏休み明けの初回であった講演会では、「遺伝性の糖尿病」と「電子カルテ」がテーマの二つの講演があった。両者ともに目新しいことはなかったが、「電子カルテ」化の医師と患者関係に与える影響については、日米相通ずるものがあった。電子カルテの有無に関わらず、日本は一般的に診察時間が短いため、医師―患者間の信頼関係が構築されにくく、それが患者さん側の不満の根源になりがちだ。

「電子カルテ」は事務手続きの効率化やさまざまな医療統計情報を収集するためには重要である。しかし、医師がコンピューター画面に見入って、コンピューターの指示に従って、患者さんと目を合わせることなく質問を続けると、患者さんはコンピューターの診察を受けているような気持ちになるようである。発表者の友人は、非人間的な扱いを受けたと憤慨して、2回目の受診をせず、病気が進行するという結果になったそうである。

コンピューターがなくても、患者さんと目を合わせようとしない医師が増えてきている状況を考えると、医療現場のあり方が問われる。診断機器が高度化するにしたがって、検査結果・画像データをもとに診療が進められるため、患者さんの「人間としての尊厳」が軽視されがちだが、医療従事者はこれを常に意識する必要がある。

シカゴ大学としては、電子カルテの導入に伴うマイナス面を抑えるために、医学部学生に対する早期の教育を含め、いくつかの取り組みを進めている。電子カルテなどが整備されると、いろいろな統計データを取ることができ、医師ごとの治療成績なども調査可能なので、医師の質の評価に応用することができる。ただし、医療の質を検証し、その向上を図るには、大規模データの収集と解析が必要である。

人間集団は非常に多様であり、治療効果や副作用に関係する種々の要因を割り出し、効果を高め、副作用を回避するような医療を推進していくためには、信頼性のある科学的な解析を行わねばならない。そのためには、大規模データが不可欠であり、これには、膨大な数の患者さんの協力が必要だ。ビッグデータを生かすことが、21世紀の医療を制することにつながる。

しかし、研究の場では、常に「研究に協力するには何の利益があるのか」と問い質し、医療の発展にブレーキをかける倫理委員と称する人たちがいる。医学の研究には、「患者さんの協力」を得ながら、長い時間をかけて多大な努力を積み重ねていくことが必要だ。私は、「協力していただいた患者さんが直接的な利益を受ける可能性は小さいが、同じ病気を持っている患者さんや、患者さんの子供や孫の世代が利益を受けるので、それに貢献すると考えて欲しい」と答えるが、それが通用しないことが少なくない。大震災後の被災地の姿を見ると、日本人は決して利己的ではないし、みんなのために協力し、助けあう気持ちが強い。これまでの医療の歴史を振り返っても、その進歩の影には、必ず患者側と医療側の共同作業が存在する。

無駄な医療費の削減や大震災時の診療情報の管理にも、電子化は必須である。安全だったはずのクラウドに保管されたハリウッドスターのデータが流失したとの報道が流れている状況では、「個人情報が漏洩したらどうする」という懸念は拭えない。絶対にハッキングされないような大規模データの管理、情報処理体制を構築することが、医療の観点からも、国の防衛という観点からも喫緊の課題である。

f:id:ynakamurachicago:20140904094932j:plain