がん免疫療法(4):変革期のがんワクチン療法-2

ペプチドワクチン療法は、がん細胞に特異的なタンパク質の一部分(ペプチド)を利用して、がん細胞だけを攻撃するリンパ球を増やすために設計された治療法である。前回示した、4種類に分類されるがん特異的タンパク質をもとに、免疫力を高める可能性のあるペプチド(アミノ酸が9個から10個つながったもの)が見つけられ、臨床試験が実施されてきた。一部の患者に長期生存をもたらしたし、腫瘍が消失するケースもあったが、統計学的な解析(薬剤の承認を受けるにはこのプロセスは絶対に不可欠)で優位性を示すことができず、ペプチドワクチン療法は薬剤としての承認を受けたものは依然としてない。

リンパ球を増やすためには、患者さんの免疫力が高い方が望ましいが、これまで日本で検証されてきた大半の臨床試験・研究では、抗がん剤などで痛めつけられて免疫力が落ちた後の患者さんを対象にした試験しかできていない。このような場合、がんを殺すリンパ球を増やす速度が、がんが広がっていく速度に追いつけないため、ペプチドワクチンの働く仕組みとワクチンの有効性を評価する方法に乖離があったと考えられる。火事が燃え広がってから、消防車1台で頑張って火を消そうとしても、まったく追いつかない状況にたとえられる。

また、がんを攻撃するリンパ球数と、がんを免疫から守るリンパ球の相対比で、後者が多いために効果が現れないとも考えられる。がん免疫療法(3)で説明した、防御側のリンパ球の働きを抑える抗体が有効である状況など(防御側の働きを抑えると、攻撃側が相対的に強まった状況)を考えると、これまでの方法では攻撃側を高めるのがまだまだ不十分であった可能性が高い。この壁をどう乗り越えるのか?いくつかの方法が考えられてはいるが、最も単純な発想は、できるだけ多くのペプチドワクチンを利用することである。1台の消防車ではなく、10台の消防車で一気に火を消すと大火となるのを押さえ込むことができるのと同様に、がん細胞の表面にある複数の目印・標的(がん特異的抗原)それぞれに対応するがん攻撃リンパ球を増やす手法である。

複数のがんワクチンを利用した臨床結果では、がんを攻撃するリンパ球が全く増えなかった患者さん、あるいは、ひとつのワクチンにだけ反応した患者さんに比べて、複数のワクチンに反応するリンパ球が反応して増えていた患者さんの方が長期生存する可能性が示唆されており、この方向性で検証していくのがいいと思われる。すでにドイツの企業は10種類のワクチンを混合した薬剤を利用した臨床試験を進めている。

正常なタンパク質に反応する免疫細胞(リンパ球)は、体内からほとんどが取り除かれるようになっている。ただし、ひとつひとつのリンパ球の性質(受容体と呼ばれる分子の性質)が異なっているため、どのようなリンパ球が、どれだけ残存しているかは、非常に個人差が大きく、その詳細はわかっていない。したがって、ワクチンに対する反応性が、個人ごとに大きく異なるのは当然かもしれない。現在利用できる技術では、このような個人間の差を調べることや、ワクチンに反応するかどうかを予測するのは難しいが、近い将来に、遺伝子レベルでの解析が可能となると考えている。

ごく近年考えられるようになった方策として、がん細胞で起こっている遺伝子異常を元にして、正常細胞には存在しないペプチドをワクチンに利用する方法である。最近のデータでは、がん細胞では多数の遺伝子異常が起こっているが、この遺伝子異常を反映しているアミノ酸を含んだペプチドは、免疫を誘導する力が非常に高いことが示されている。わかりやすく言い換えると、正常ではLLLLLLLLLと並んでいるものがLLLLMLLLLとなれば、われわれの免疫系は感度よくこのわずかな違いを見つけて、がん細胞を敵と見なし、排除する機能が備わっているはずである。

最近のコンピュータープログラムでは、遺伝子異常とHLAを組み合わせて、変異を起こした部分を含むペプチドが、HLA分子に結合するかどうかを予測することが可能となってきている。遺伝子解析技術とこれらのプログラムの進歩によって、患者ひとりひとりに異なるペプチドを合成して、動物実験なしで(ワクチン療法はその安全性が非常に高いことが世界的な常識となっている)利用する試みも始まりつつある。タンパク質が分解する過程は、まだまだ未知の部分も多いので、私はそれほど簡単ではないと考えているが、すでに現在進行形で進んでいる。

このような患者ごとに異なるペプチドを投与する場合、これまでのような臨床試験の規定ではその有効性を評価することはできない。まず、規定ありきの日本では絶対に無理だろう。科学の進歩に規定・規制が全くついていっていないし、メディアも築地の新聞社を筆頭に科学的に思考する能力が欠落しているのだからなおさらだ。限られた命を宣告された患者さんを前に、安全性が確認されるまで、1年でも、2年でも待つべきだという(あなたは静かに死になさいと同義語であるとわかっているはずなのに)、非論理的なことを平気でのたまうのだろう。

しかし、HLAは多様性に富んでいるし、それぞれのがんで生じている遺伝子異常は大きく異なるため、個別のワクチンでの対応となると、理論的には効果が期待できる可能性が高くなるものの、医療費は天文学的な数字に跳ね上がるに違いない。その観点では、特定のHLAが非常に多い日本では、これまで試みられてきたペプチドワクチンをうまく利用することが、患者さんの利益にも、医療費の高騰を避けることにもつながると思うのだが、海外ブランドを尊ぶ傾向の強い人たちを説得するのはなかなか難しい。

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