「平和ボケ」と「国防」;相棒ー劇場版

日本に行く機内で「相棒―劇場版」を見た。少し現実離れしている感があったが、十分に楽しめた。離島で国防に備えて訓練していた民間団体内で起こった殺人事件を杉下右京が解決するストーリーである。しかし、私が最も印象に残ったのは、本筋と関係ない、生物兵器を作っていたことを責められた犯人と右京たちの最後のやりとりであった。

 

生物兵器を準備した犯人は、その動機を尋ねられ、「国を守るために生物兵器を作った。大量殺りく兵器である化学兵器や生物兵器は禁じられているが、核兵器とはどこが違うのか?特定の国だけが保有することができるのはなぜなのか?日本が攻撃されたときに、国を守るすべはあるのか?あなたたちは「平和ボケ」という病に冒されている」と、甲斐と杉下に迫る。それに対し、右京は「あなたこそ、国防という病気に冒されている」と答える。

 

過剰な備えが、相手を刺激して、さらに緊張が高まる。そんなリスクは避けた方がいいと考える人は少なくない。しかし、日本の領土に外国が攻め込んだとき、他国が日本を守ってくれる100%の保証など絶対にない。世界中の人が善人であり、同じ価値観を共有していて、同じレベルの常識感覚を持ち合わせていれば、話し合いだけで物事が解決されるであろう。だが、世界各地で起こっている紛争・暴動などを目にする限り、性善説に依存するのはあまりにも安閑としすぎている。

 

血みどろの紛争で、憎しみを募らせることなど誰も望んでいない。しかし、「備えあれば憂いなし」か「備えがあれば緊張が高まるのか」?「備えがなければ、誰も攻めてこない」のか「備えがなければ、弱みに付け込まれるのか」?、考え方は千差万別だ。私はとても性善説を信じ込む気にはなれない。

この「相棒―劇場版」は、日本のゆるんだ現状を見て、「平和ボケ」と「国防」の問題をもっと真剣に語り合う必要性を提起したかったように思えてならない。

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