(続)STAP細胞の悲劇;愚かなメディアと研究者集団

ネットニュースに流れる「ノーベル賞候補だ」「山中先生に劣らない」という文言を目にして憤りが増してきた。一人の研究者が自分の命を犠牲にしなければ、再評価されないのだろうか。一つの汚点が、その個人の長年にわたる業績が帳消しにしてしまうのか?

 

「笹井先生が追い詰められていたようだ」とよく他人事のように記事にできるものだ。誰が追い詰めていたのか?これでもか、これでもかと、痛めつけていたのは誰なのだ!!長時間、さらし者のようにされれば、追い詰められて当たり前だ。今さら、美辞麗句を並べて、亡くなった人間が生き返るのか!

 

それにしても、この問題が「なんとかスペシャル」で特集を組むような問題なのだろうか。笹井先生ほどの研究者なら、再現性のない論文を報告すれば、後にそれによって失うものが如何に大きいかくらい十分に認識できるはずだ。自分が積み上げてきたものを、すべて失うリスクを冒してまで、詐欺のような行為をするはずがない。そこから考えれば、誰が問題の元凶なのか、議論する必要がないほど明白ではないのか。

 

最初に派手に花火を打ち上げすぎたことやデータを確認していなかった管理責任を問われても致し方ない。それが、命をもって償わないといけないほど大きな過失なのか。だれが考えても最大の責任の所在が明らかな事柄なのに、いつまでも処分を打ち出せずに、精神的に苦しめ続けた理化学研究所の執行部の責任は免れない。

 

また、「日本の科学の信頼性を揺るがす大問題だ」と大騒ぎをした研究者集団があったが、ここまでくると、結果的に魔女狩りのような行動だと非難されても反論の余地はない。これまで日本の科学の発展に貢献してきた研究者を死に追いつめたことは、科学の問題を超え、日本人のそのものの品性を問われることにならないのか? 過ぎたるは及ばずで、「魔女狩り」的行為が有能な研究者を自殺に追い詰めることに加担したことが、日本という国の誇りをもっと大きく傷つけたという事実は消せない。

 

何か事があるたびに、集中砲火を浴びせるように個人攻撃が続き、その人間が命を絶つときれいごとを並べて、何事もなかったかのように終わらせるメディア。自分たちの不健全な姿を振り返ることは永遠にないのか!国営放送よ、この事態を検証するスペシャル番組を作成すべきではないのか!?

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