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研究者の遺品

最近、なんとなく気の滅入ることが多いのだが、3日前に添付の写真にある置時計をいただき、頑張らなければと気合が入った。この置時計は、私が尊敬する先輩であり、シカゴに移る最後の決断を促した「ユウスケ、シカゴで待っているよ」の一言を発した、ジャネット・ローリー教授の遺品である。秘書をしておられた方が、「ジャネットは、あなたがシカゴに来ることを本当に喜んでおられた。あなたのことを尊敬しておられたので、ご家族に話をして、これをあなたにお渡しすることを了解してもらった。」と言って持ってこられたのである。

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 がん研究に携わっている研究者で、ジャネット・ローリーの名前を知らないなら、本当にがん研究者かどうか疑わしいと言っていいくらい、高名な研究者である。特に、白血病研究者で彼女の名前を知らないなら、まがいものの研究者と考えて間違いのないほどの有名な方である。私がシカゴに来る前に自筆の手紙をいただいたこと、移った後も、2週間に一度くらい顔を合わせるたびに励ましていただいたことを感謝している。去年の今頃には自転車に乗ってキャンパス内を移動しておられただけに、昨年12月に天に召されたのは寂しい限りである。

 

そのジャネットさんの遺品の一品をいただけたことには、ただただ感激するばかりである。この時計は、1993年に彼女が米国人類遺伝学会(ASHG)の会長をされた際に贈られた記念品である。私が海外で最初に発表した学会がこのASHGであるので、因縁を感ぜずにはいられない。この置時計を眺めながら、自分の人生のゴールをあらためて考え直している。

 

前回のブログにも書いたが、患者さんに希望を提供し、笑顔を取り戻す薬を作ることが、天命だと思っている。そして、それが「日の丸」印のついた薬剤であればもっと望ましい。アメリカ人のローリー教授の遺品を眺めながら「日の丸」にこだわるのもおかしな話だが、どうも私には日本人の遺伝子が脈々と受け継がれているようだ。日本人として、世界中のがん患者さんの治療に寄与し、「日の丸」の誇りを示すことに貢献したい気持ちが強い。数十年前に米国に留学していた際にも感じたが、海外に住んでいると「日の丸」「日本」を余計に強く意識するようだ。

 

この「日の丸」印の抗がん剤を生み出すために、2001年にオンコセラピー・サイエンス社を立ち上げた。今、会社は少しフラフラしているようだが、20年以上の努力がようやく結晶化しつつあるる現在、歩みを緩めたり、止めたりするわけにはいかない。この結晶は、簡単に作り出せる結晶ではない。数百人に及ぶ研究者の血と涙と汗の結晶である。私の叱咤激励(パワハラと呼ぶ人もいるが?)によるストレスで潰瘍ができた研究者もいた。ある研究者は、冗談交じりで不整脈を起こした原因が私にあるという。悔し涙を流した研究者も少なくない。ひょっとすると部下の大半が涙を流したかもしれない。大塚にあった癌研究所では、あまり冷房の利かない部屋で、本当に汗まみれで働いていた。世界中探しても、なかなか見つからない貴重な結晶である(さだまさしの歌詞のようになってしまった!)。

 

自分たちの作り出した薬によって患者さんが笑顔を取り戻す日を夢見て、皆で一緒に汗と涙を流してきた。部下に厳しくして、自分だけ楽をすることなどできるはずもない。常に、部下たちの目に、自分の背中がどう映っているのかを考えながら走り続けてきた。そして今、人生に残された時間を意識する年齢に達したので、生きている間にその日が来ることを願って、部下たちを叱咤激励し、自分もさらに走り続けるしかないように思う。全力で走ると息切れがしそうだが??

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