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STAP細胞と常温核融合:小保方氏の検証への参加?!

1989年3月に私が、まだ、米国ユタ大学に留学していた頃、イギリス・サウサンプトン大学のマーティン・フライシュマン教授とアメリカ・ユタ大学のスタンレー・ポンズ教授が核融合が常温でも起こると発表をした。さらに、その直後の4月に、同じくユタ州にあるブリガムヤング大学のスティーブン・ジョーンズ博士が、常温核融合によって生じたと考えられる中性子の検出に成功したと発表した。これらの報告は、多くのメディアでセンセーショナルに取り上げられた。なぜなら、これが事実なら、エネルギー政策を根幹から変えるかもしれないからである。しかし、再現できないという批判が巻き起こり、一大論争に発展したが、今日に至るまで、常温核融合が起こるという確証は得られていない。当時ユタ大学に在籍していた私は、同じ大学に在籍する人間として、発表当初に連日流されたニュースを誇りに感じていたが、段々と形勢不利になるにつれ、寂しい思いを持ったものである。

今回のSTAP細胞の流れを追っていて、この常温核融合と重なり合うことが多い。予算獲得のための派手なプレス発表、メディアの異常としか思えない過熱報道、そして、再現できないという批判。インターネットが利用できる環境によって、期待と批判が増幅される速さやレベルは、STAPの方がはるかに大きかったが、それまでの物理学の常識で説明できない現象と従来の生物学的な常識では納得できないという現象に挑んだという観点でも類似している。ただし、常温核融合に関しては、単なる実験技術上のエラー、ないしは、データの解釈の間違いであって、これらの研究者が研究倫理的に問題視されてはいない。ジョーンズ博士は、この後20年近く、ブリガムヤング大学で勤務していた。彼は、日本のカミオカンデでの検証に参加して、中性子が検出されないことを認めている。

科学的なデータには、未熟な技術、不十分な知識、機器類などの不調など、いろいろな理由で間違いが起こる。研究者はそれを知っているし、作為・悪意がなければ、研究者社会は比較的鷹揚である。また、一流雑誌に公表されたからといって、間違いがないという保証にはならないことも知っている。たとえば、最近の例では、血漿(血液の細胞以外の液体の部分)に混入されたがん細胞に由来する遺伝子異常を見つけたことを根拠に、血液を利用したがんの診断が実用化できるという論文があった。血液に混入されるDNA数ナノグラム(1グラムの10億分の1=ナノグラム)を解析して非常に感度よく、がん細胞を見つけることができるという内容であった。しかし、知っている人間が読めば明らかにおかしい点がある。論文を書いた研究者も、それを査読した研究者にも、人の細胞・遺伝子に関する基本的な知識が欠如していると思われた。人間の1個の細胞には約6ピコグラム(一兆分の1)のDNAがある。したがって、3ナノグラムのDNAは細胞数にして500個に相当する。論文では、2000個の正常なDNAに混じっている1個のがん細胞DNAを見つけられるとあったが、もともと細胞500個分しかないので、2000分の1を見つけるなど理論的にありえない。専門的な知識はあるが、一般的な常識のない研究者が増えてきたため、一流雑誌への質の悪い論文の発表が増えている。

さて、話を本題に戻そう。理化学研究所は、なぜ、厳しく批判し、まったく信用していないと思われる小保方氏の検証実験の参加を認めたのか、私の推測を述べたい。理由は単純で、小保方氏不参加のままでは、「ある・なし」論争に決着が着かないからである。「存在しない」ことの証明は、「存在する」ことの証明に比べてきわめて難しい。犯罪捜査のアリバイ(不在証明)は、どこかに居たことが証明されない限り、犯罪が起こった場所に居なかったという証明はできない。STAPの場合、たとえ、第3者の検証を続けても、小保方氏が「細かい手順が違うからできない」といい続ければ永遠に決着がつかないのである。理化学研究所としては、無意味な論争を続けるよりも、本人が「存在しない」証明をして、これ以上の無駄な時間と労力を省きたいとの気持ちがあるのだろう。このプレッシャーを打ち破って、悲劇のヒロインの復活となるのか?

(シカゴ大学内の風景)

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