冷や汗の血友病治療とオーダーメイド医療

これも、大阪で救急医療に従事していた時に冷や汗をかいた話である。飲食店の店主が客に「胸を刺された」との連絡が消防署より入った。約5分後に顔面蒼白となった被害者が、まさに虫の息状態で運ばれてきた。そして、「私は血友病患者です。血液型はO型」と訴えた直後に、意識が無くなった。血友病は血液を凝固(固めて)させるために必要な分子が欠けているために起こる病気であり、傷口からの出血がなかなか止まらない。肺を深く傷つけられているためか、傷口から泡の混じった血液が噴き出てきた。

 

大量の出血なので、何を差し置いても失われた血液を補わなければならない状態で、輸血用のルートを確保すべく急いだが、心電図に表れる心臓の波動は、到着後は平常よりも早かったが、1分間に50、40、30と徐々にゆっくりとなり、5分後には完全に平坦となった。すなわち、心臓の動きが完全にとまってしまったのである。呼吸をさせるために気管に管を挿入し、刺された側の胸に胸腔内に貯まった血液を取り除くため管を入れて、3カ所の輸液ルートから血液や点滴を押し込むように注入すると共に、心臓マッサージを施す。

 

数人の医師と看護婦があわただしく、かつ、必死に治療に努めた。その結果、心臓は再び動き出すも、血圧は最高が60ー70と低いまま、しかも、当然のことながら、ナイフで傷つけられた血管から出血が続くため、胸に差し込んだ管からは大量の血液が流れ出している。通常は凝固してドロッとする血液も、サラサラのままであった。そこで、手術室に移すまもなく、救急の外来処置室で超緊急手術を始めることにした。大急ぎで消毒をして、直ちに大きく胸を開いて肺からの出血を止める作業を開始する。また、患者に欠けている凝固第8因子も届けられたので、その投与も開始した。ほどなく、血が固まり始め、手術は無事に終了した。

 

その後、患者の状態は安定し、翌朝には意識は回復した。「ご加減はどうですか」尋ねた私に、患者は開口一番「私は凝固第9因子欠損の血友病です」と告げる。私の頭の中は、「第9因子???血友病とだけしか、聞いていない???昨夜、第8因子を投与したら、血が固まったじゃない????」と頭の中ははてな(?)マークでいっぱいとなる。急いでかかりつけの医師に問い合わせたところ、第9因子の欠損であることが確認される。看護婦(当時はそう呼んでいたし、どうも看護士という名前は、いつまでたっても、私にはしっくりと来ない)に第9因子の投与を開始するように指示した。

 

血友病にはA型(第8凝固因子の異常)とB型(第9凝固因子の異常)があり、日本ではA型が約4000人、B型はA型の約5分の1である。病院到着直後、血友病と聞き、私は頻度の高い第8因子欠損と思い込んでしまった。当然ながら、B型患者に第8因子を投与しても意味がない。では、なぜ、血液が凝固し始めたのか?答えは、大量の輸血である。正確な量は定かではないが、全身の血液を総入れ替えするに等しい量(5000cc程度)の輸血をした記憶が残っている。これらの輸血に含まれていた第9因子が働いて血が固まりだしたものと考えられる。もし、輸血量が少なければ、出血がずっと続いていたかもしれないと思うと、今振り返っても冷や汗ものである。

 

なぜ、この話題を提供したのか?まったく同じ病名・症状であっても、病気の原因は同じと限らないので、同じ薬を飲んでも効くこともあれば、効かないこともある。上の患者の例では、血友病の二つのタイプは、血が固まりにくい点ではまったく同じである。大量輸血が、結果的に間違った治療を補ってくれたが、多くの場合、そうはいかない。インスリンを作ることができない糖尿病患者に、インスリンを放出することを促す薬剤を投与しても効くはずがない。がんの分子標的治療薬など、がん細胞で起こっている異常を見極めないと、無駄な治療で時間を費やし、その間にがんは悪化する。多くの病気で、同じ薬でも効果は大きな個人差があるというデータが報告されているにも関わらず、医学の世界では万人の知る常識になるまで至っていない。写真のピラミッドのようにオーダーメイド医療への階段は険しいのか?

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