北朝鮮危機が他人事な日本

シカゴに戻ってきた。気温も20度と心地よい。木々も緑に色づき、本格的な春の訪れだ。今回は、東京1泊、京都1泊、北京3泊、東京2泊と移動が多く、体にはかなり負担がかかった。同じ時間枠でも、東京にずっと滞在しているより、倍以上疲れた。北京と東京で、中国と韓国の企業合計4社との会合を含め、7回の会合を持った。これに、立命館大学での講義、国際胃癌学会での講演やレセプションが加わる。北京から戻る機内では、首や背中の凝りがひどく、吐き気がしてきたので、何とか時間を見つけ、行きつけのマッサージ店に行き、1時間集中的に首と肩の凝りをほぐしてもらった。おかげで、帰りの機内では熟睡することができた。

 

たどり着いたマンションのエレベーターで「どこに行ってきたのか」と尋ねられたので、「日本」と答えたところ、「グレート。日本食は大好きだ」と返ってきた。「そうだ」と答えたが、京都では中華、北京では中華+イタリアンで、日本食を食べたのは1回だけだった。なんだか、残念だ。寿司、天ぷら、うな丼が食べたい!

 

25日の北朝鮮の動きは気になっていたが、原爆実験もミサイル発射もなく、とりあえずは一安心だ。しかし、いずれかが起これば、トランプ政権は行動に出るだろう。こんな状況下、日本では、自民党議員のスキャンダルで、野党が元気づいているようだ。復興大臣の発言は論外だし、これだけ続くと辞任は避けられない。広島の議員の下半身の問題など、国政レベルで考えればどうでもいいことだ。民進党の前身である民主党でも、総理になった人にも、派閥のリーダーにも同様のスキャンダルはあった。国会で取り上げる話ではないだろう。

 

国際情勢は流動的だし、経済も一寸先は闇の状況だ。米国では科学研究費予算の20%減の行方次第では、多くの研究者が職を失うだろう。それは、米国に滞在している優秀な日本人若手研究者を呼び戻すチャンスを生むだろう。選挙のことしか頭にない国会議員たちは、自分が目立つために、ワイドショー的な振る舞いとなっている。嘆かわしいことだ。国のことを真剣に考えて欲しいものだ。

 

左翼的なテレビは、「忍耐強く、会話で北朝鮮を説得することが大事だ」と繰り返して言っていた。クリントン政権の時に叩いておけば、北朝鮮は原子爆弾や水素爆弾をもつことも、大陸間弾道弾を手にすることもなかったのだ。10年後に、原子爆弾を100発もった北朝鮮が日本を恫喝してきたらどうするのだ。わずかの滞在だったが、能天気に平和を説く日本のコメンテーターたちの発言を聞いていて、戦後の教育は歪んでいたと思えてならない。危機が現実となった時、日本は日本を守ることができるのか?

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北京大学医学部に数十人の日本人留学生

今、北京にいる。昨日の朝、国際胃癌学会のオープニングセッションで講演をした。大気汚染を心配していたが、幸いにも、一昨日以降、青空が広がっている。北京国際空港では、入国審査が終わった後で、荷物のX線検査が待ち受けていた。何を調べているのか、今一つよくわからなかったが、全員、検査を受ける必要がある。また、学会会場の建物の入口で、やはり、セキュリティーチェックがある、物々しさだ。中にある会場の入口でも、公安の人たちが見張っており、学会のネームカードがないと中に入ることができない。日本や米国の学会でもチェックがあるが、「公安」と記した服に身を包んでいる人たちがいるのは違和感がある。

 

この北京コンベンションセンターは、オリンピックの会場だった「鳥の巣」に近接している。空港からのアクセスは悪くはないが、一昨日、ここから北京大学の腫瘤医院に行った際には、渋滞で大変だった。北京に来るたびに渋滞がどんどんひどくなっているような気がする。

 

学会は中国の国力が増してきているのを実感させられた。二十年近く前に、初めて中国を訪問した時には、英語力を含め、日本はまだはるかに先を行っていると思ったが、中国人の英語力は格段に向上しており、若者の語学力は、日本人の英語よりもずっと上を行く。私が座長を務めたセッションは、進行胃がんの化学療法のセッションだったが、スピーカーは中国から3名、米国から2名で日本人スピーカーはいなかった。日本の大学の世界ランキングが中国やシンガポールに追い越されるのも当然だ。日本では、何十年にもわたって国際化が叫ばれているが、根本的な解決策が実施されておらず、かなり不安だ。

 

今回の北京で最も驚いたのは、北京大学医学部に数十人の日本人留学生がいたことだ。ホテルに到着した際に、流暢な日本語で話しかけてくる若者がいたが、上手に日本語を話す中国人だと思った。しかし、今回の主催者である李教授が教鞭を取っている北京大学医学部の学生だと聞いて驚いた。日本人の参加者の中には批判的なことを言う人もいたが、私は日中の橋渡し役として非常に貴重な存在になると思った。是非、頑張って、今後の日本と中国の医療分野の交流、そして、日本と中国のお互いの正しい理解に貢献して欲しい。

 

そして昨夜のレセプションでの、米国から来た大御所外科医のコメントは、今の日本の国際的な位置づけを象徴しているようで、寂しかった。「中国の存在なくして、今後の国際胃癌学会は存続しえない。その意味で、今回北京で開催されたことは重要だ。この大会の大成功を祝福する」。これまで、胃癌の臨床・研究に関しては、圧倒的に日本、そして、韓国が世界をリードしてきた。確かに、中国の胃癌患者は日本の数をかなり凌駕する。それは、わかっていても、目の前で胃癌分野では、今後は中国がリードするなどと宣言されると、日本を愛する私には胸にグサッとくるものがあった。

 

その一方で、中国の若者たちの元気さが、日本人の若者には見られない。中国に留学している日本の若者たちが、中国の若者に感化され、日本で暴れまわることに期待したい。

 

抗がん剤の適応できない尿路がんに抗PD-L1抗体薬が第1選択

米国FDAがシスプラチンが適用とならない局所進行、あるいは、再発尿路がんに対する抗PD-L1抗体(atezolizumab)を第1選択薬として使用することを承認した。これはIMvigor210と呼ばれる119名の患者に対する第2相試験の結果である。この試験では、コントロール群は置かれておらず、全患者がこの抗体医薬の治療を受けた。「ランダム化試験でなければ臨床試験ではない」と拘っている医師たちはどんなコメントを発するのだろうか。

この119名のうち、腫瘍縮小が認められた患者さんは28名(23.5%)であり、このうち8名はがんが完全に消失した。標準薬であるシスプラチンが適用にならない患者さんは、他の抗がん剤の投与も厳しいであろうと推測される。そうなれば、何も治療法がないのだ。その観点でこの数字を見れば、4分の1は腫瘍が小さくなっているのだから立派なものだ。

しかし、無増悪期間中央値は2.7ヶ月、生存期間中央値は15.9ケ月と全体的に見れば、やはり厳しい数字だ。がん細胞での遺伝子異常数と治療効果には関連があったとのことだ。また、PD-L1の発現陽性(5%以上の細胞で陽性)の場合には、腫瘍縮小効果は全体よりも28.1%とわずかに高かったが、これでは患者さんを選別するための指標には使えない。腫瘍が完全に消えた患者の割合は、差がなかった。

グレード3-4の有害事象は、倦怠感(8%)、尿路感染症(5%)、貧血(7%)、下痢(5%)、腎機能障害(5%)。肝機能障害(4%)、低ナトリウム血症(15%)などであった。5例でグレード5(死亡)の有害事象が認められ、死因の内訳は、敗血症・心停止・心筋梗塞・呼吸器系不全(2例)であった。 繰り返しになるが、今でも、免疫チェックポイント抗体自体ががん細胞を殺す薬だと思っている人が少なくない。患者さん自身の免疫細胞が活性化されて、その活性化されたリンパ球ががん細胞を殺すのだ。この科学的なエビデンスを目にして、免疫療法などまがい物だと言っているのは、よほど勉強をしていない輩だ。科学的な思考が全く働いていないと思われる。

 

科学を学ぶところから、有効率20-30%を50-60%に改善させることができるし、最終的にがんを治癒することができるのだ。科学的なエビデンスは、人の臨床試験の結果だけはない。基礎研究、動物実験、前臨床試験、そして、患者さんに対する臨床試験、多くのエビデンスの積み重ねが新しい治療薬を生み出す原動力だ。基礎研究や動物実験、そして失敗したとしても臨床試験で得られたエビデンスから多くを学び、それを克服するための努力をしていかない限り、日本から画期的な新薬など生まれるのは難しい。

 

今日は朝早くに、京都から関西空港へ向かう電車に乗った。その途中、あべのハルカスを遠目に見た。中学・高校の6年間、毎日阿倍野駅を通過していた。阪和線から見える風景も少し違うように感じたが、懐かしい。

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医師の燃え尽き症候群を救うには、書記係が?

ユナイテッド航空にまつわる話が続いている。結婚式に行く予定のカップルが、飛行機に最後に乗り込んだところ、自分たちの座席に横たわっている乗客がいたため、前方の席に座った。普通のエコノミー席より少し広い座席だったので、追加料金を払うと申し出たが、それを拒否された。自分たちの指定された座席に戻りたくないと言ったところ、飛行機から降ろされたという。責任の分担が過度に進む米国では、融通の利かないことが多い。

 

また、メキシコの実家を訪問した米国在住の父子が、ユナイテッド便で米国に到着したところ、誘拐犯と間違われて、子供が空港職員に直ちに確保され、父親は訊問を受けたという。子供は父親と引き離されて泣いていたというのに。ユナイテッド航空の職員が空港職員に通報したのは明らかだ。子供がメキシコ人の父親と皮膚の色が違っていた(母親のコメントによると母親に似ている)ためと報道されていたが、なんだかおかしい。しかし、このような案件は、おそらく日常的にあったのだろう。今回の引きずり出した一件をきっかけに注目を集めるようになっただけだろう。そのためか、今日のユナイテッド航空のラウンジはガラガラだった。チェクインする時に隣にいた家族連れが、中国に行くにもかかわらず、初めてANAに搭乗すると言っていた。これも事件の余波かもしれないと勝手に想像をめぐらせた。

 

ここで、標題の「医師の燃え尽き症候群」の話に移す。先週の内科の講義では、「燃え尽き症候群を減らすには、筆記係を置くのが有効」という話をしていた。2015年の12月に発表された論文によると、燃え尽き症候群の兆候を一つでも持っていた医師の割合は、2011年には45.5%であったが、2014年の調査では54.4%に増えていた。約7000名の医師の調査結果だが、回答した医師が疲れている医師に偏っている傾向は否定できないが、2011年と2014年は同じ方法で調査されているので、両年の比較は意味があるものと考える。

 

診療科別に見ても、全診療科で「燃え尽き症候群」の兆候を示す割合は増加しており、最も高いのが救急医で約70%が兆候を持つと回答した。次が、泌尿器科、リハビリ医、家庭医、放射線科、整形外科と続く。仕事と私生活のバランスに満足している医師は、2011年の48.5%から2014年には40.9%に減少している。脳外科医では、2011年の約45%から、2014年には20%を切る数字となっており、精神的な負担が非常に高くなってきているのがよくわかる。私の同級生や仲間も、同じような傾向にあるようだ。

 

演者は、これらの原因の一つが電子カルテであると指摘していた。電子カルテに記入する(打ち込む)時間が過度に取られるようになり、患者さんの目を見て話をする時間が削られ、それが医師―患者間コミュニケーションを希薄にするため、トラブルを起こしやすい状況を生み、患者さんだけでなく、医師にもストレスになってるようだ。医学は科学だが、医療には「愛」が必要だ。コンピューター相手に時間がとられるために、最も重要な人と人との関係がうまく構築できていなってきているのが、今の医療の大きな課題だ。

 

演者は、筆記係をそばに置いて、医師は患者さんとFace-to-Faceで話をする時間を増やせば、現状は改善できるはずだと力説していた。そういえば、私が学生や研修医だった頃、教授の診察室には筆記担当者が必ずいた。教授が患者さんを診察し、学生に説明する時間を確保するために、教授のコメントは筆記が書き留めていた。

 

もし、これが実現すれば、医師は患者さんに対面して話をする時間をもっと確保できるし、医療の質の向上につながるだろう。患者さんが医師としっかりと話をできる環境を作ることは重要だ。しかし、日本でこのような制度を確立するのは容易ではない。単に、患者―医師の会話を書き留めれば済むだけの話ではない。専門的な言葉を書き留めるには、専門的な知識をしっかりと身につけなければならない。誰がどのように教育し、資格をどのように認定するのか?

 

私のように入力に時間がかかる人間には、打ち込まれた内容を確認するのに時間が取られても、大いに助けられると思うが、間違いが多ければ訂正の手間も大変だ。また、医師の出した指示をタイプミスし、確認ミスした場合、誰が責任を取るのか?両者の会話内容には、守秘義務が伴うが、筆記に対して法的拘束性をどのように確保するのか?

 

医療の質を確保するために多くの課題が山積されている。理想論だけでは、どうにもならない状況に追い込まれているはずだが、綻びが出るために、部分部分の手当てをしたために、医療はつぎはぎだらけの完全破綻直前だ。医療がどうあるべきで、その負担をどのようにしていくのか、真正面からの議論が必要だ。

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風雲急を告げる朝鮮半島

前回のブログで少しだけ紹介したユナイテッド航空の事件は、世界的なニュースとなり、依然として余波が続いている。引きずりおろされた乗客は、鼻骨と前歯2本を折っていたそうで、訴訟に発展しそうだ。ユナイテッド航空のトップが職員向けに送ったメールで、「ユナイテッドの職員は悪くない」と言ったことが、火に油を注ぐことになった。暴行に直接関与しなくとも、原因を作った会社のトップが、これを言ったらお終いだ。あるサイトに、「幸せな気持ちは周辺の人にしか拡散しないが、怒りの感情は多くの人によって共有されるため、爆発的な広がりを見せる」と書かれていたが、その通りだと思う。

それに加え、北朝鮮問題が米国では大きな話題となっている。両国のトップの意地と意地のぶつかり合いのような様相を呈しており、まさにチキンゲームで、一触即発の感がある。お互いが引き金に手をかけてにらみ合いをしているような状況で、少しでも動けば引き金が引かれかねない。日本のニュースでは、緊張感はあまりに乏しく、本当にこれでいいのかと心配になってしまう。何かが起これば、日本の米軍基地は攻撃対象とされる可能性が高く、ミサイルが少しでも目標からずれれば、都市部に大きな被害がでるにもかかわらず、能天気なことだ。

もちろん、このまま、にらみ合いだけで、いずれ事態が収まってくれることを願うのみだ。しかし、意地の張り合いの背景には、国のトップとしての面子がかかっているので、客観的に考えれば大きなリスクを伴うことであっても、感情的に引くに引けない難しさがある。このような引くに引けない状況は、国レベルでなくても、われわれの私生活でも日常的に起こることであり、特に、第三者が全く介在しない当事者だけの場では、冷静な判断を失うことが多いように思う。もちろん、これは私自身の経験であって、多くの人は対立を回避する術を身につけておられるかもしれないが。

さて、ここで、再びリキッドバイオプシーの話だ。少し前の話になるが、PLoS MeDという雑誌の12月号に、卵巣がんの抗がん剤に対する治療効果をリキッドバイオプシーで調べた研究成果が報告されていた。この論文に関して、技術的に少し疑問が残るのだが(細かいことになるのでここでは省くが)、p53遺伝子の異常を手懸りに、血漿中に含まれている異常遺伝子と正常遺伝子の頻度を調べたところ、その頻度と腫瘍の大きさが相関していた(腫瘍サイズが大きくなると、変異遺伝子の割合が正常遺伝子に比して高くなる)という結果が紹介されていた。米国癌学会でも、ジョンスホプキンス大学のVogelstein教授がリキッドバイオプシーの重要性を強調していた。時代が大きく変わりつつあるのだ。

この点でも、日本の研究の動きは遅い。米国から4-5年遅れていても、日本で1番であればいいといった日本独特の文化から脱却しなければ、日本に未来はないと思う。それを最も感じているのが患者さんたちだろう。インターネットやSNSを通して瞬時に世界に情報は拡散するので、必死で情報を求めている患者さんや家族が、医療関係者よりも早く、最新情報にアクセスすることが少なくないのだ。これまでの知識ギャップは医療関係者>患者さんや家族であったが、患者さんや家族>医療関係者という逆転現象も起こるようになってきた。正しい知識の速やかな共有が重要になっている。当然ながら、2年おきに職場を変わる役所の人たちが、最新情報を維持するのはほぼ不可能だ。システムそのものを根底から変えて行く必要があるが、北朝鮮問題と同じで、今、起きていることに気づかない日常がそこにある。問題は根深い。

PS: 下記は2017年3月25日に開かれたリレーフォーライフでの講演会の動画です。https://www.youtube.com/watch?v=ozs4MdfCPNA

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「All of Us Research Program」

「The Precision Medicine Initiative Cohort Program」(プレシジョン医療コホート計画) が「All of Us Research Program」 と名を代えて活動を広げようとしており、シカゴでもようやく機運が高まりつつある。2015年にオバマ前大統領が、プレシジョン医療計画を提唱したのだから、その地元であるシカゴとしては、かなり動きが遅いような気がしないでもない。しかし、健康・医療に不可欠な課題なので、今後の速い展開を期待したい。

それにしても、「All of Us」というネーミングは、なかなかしゃれていると思う。「All of Us」が私たちすべてとアメリカ合衆国(US=United States)すべての両方を意味しているからだ。百万人単位の参加者を集め、膨大なコホート研究が行われる。何度も繰り返しているが、病気の予防や重症化予防は、高齢化社会を乗り越えるために不可欠だ。決して、薬の選択だけが、プレシジョン医療ではない。

日本でも、多くの一般住民や病気に罹った人の健康・臨床情報に加え、DNA・血清などを収集する研究が行われていた(いる)が、継続性に欠けるため、大半が中途半端に終わり、膨大な無駄を繰り返している。また、膨大な数になれば、サンプルの取り違えなどのヒューマンエラーが必ず起こるものだが、どこまで注意が払われているのか、はなはだ疑問だ。抜き打ち検査などでしっかり検証しなければ、無駄に無駄を積み重ねることになるだけだ。何億円・何十億円の予算をかけても、無視できない数のサンプルの取り違えがあれば、これは悲劇・衝撃だ。

医療でも、研究でもそうだが、ヒューマンエラーが起こることを前提に対策を練らねばならない。医療ミスでも、100%個人的な問題なのか、起こるべきして起こったシステムエラーなのかを判別するのは難しい。患者さんの取り違え事件やがん確定診断時のサンプル取り違えによる誤診などは、それに関与した複数の人のエラーの積み重ねで起こったのだが、確認作業を行うシステムを導入すれば、間違いが起こる確率は格段に下げられる。何段階もの確認作業のすべてでエラーが起これば、これは間違いなく人災だ。

臨床段階でのミスは、個人や患者さんの命や生活の質に関わるので、大きな関心が払われるようになったし、かつてに比べれば、ヒューマンエラーを回避する制度設計は大きく改善された。しかし、研究の場合には、研究結果に影響を及ぼして、間違った解釈が生まれても、直接的に健康被害が出るわけではないので、そのチェックは甘い。それでも、細胞株を供給する施設などで起こった、細胞株の取り違えが問題となり、多くの雑誌で、細胞株の正統性を調べることが求められるようになった。研究者から、研究者へと渡った細胞株など、どこかで取り違えが起こる可能性は高くなるので、なおさらだ。また、がん細胞などはゲノム・遺伝子レベルの異常を繰り返し起こしているので、最初に調べた時と、数年を経た時では、完全に一致しなくとも驚きではない。

日本でも、米国のように、いろいろなレベルで大規模な研究が始まることを期待したい。しかし、研究規模が大きくなればなるほど、サンプルや情報の取り扱いに注意しなければ、膨大な無駄が生じることになりかねない。研究成果だけでなく、研究がちゃんと執行されているかどうかの、第3者による厳正かつ公正なチェックが不可欠だ。

PS: 飛行機を予約すると、オーバーブッキングの際の注意が送られてくるが、昨日、オヘア空港で予想もしない事件が起こった。

オーバーブッキングの際、航空会社は、金銭や次の便への搭乗と引き換えに、ボランティアを募り、問題を解決する。申し出がない場合には、金銭的なインセンティブをあげていく。それでも、問題が解決しない場合には、ランダムに選んで乗客に従わせるのだそうだ。まさか、強制的にできるとは思わなかったが、昨日は、乗客(すでに着席していた)を警備員が座席から無理矢理引きずりおろし、その様子が他の乗客によってSNSで流されたので、大騒ぎになっている。恐ろしいことだ!

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ネオアンチゲン 対 細胞傷害性CD4細胞!?

シカゴは一気に春の陽気となり、今日は快晴で気温も20度近くまで上がるようだ。しばらく曇天が続いていたので、灰色だった湖面の色が、エメラルド色に輝き、気持ちも晴れやかになる。しかし、がんの免疫療法を巡る世界はますます難しくなってきた。

話は少しさかのぼるが、3月30日に発刊されたNature 誌に「Antigen presentation profiling reveals recognition of lymphoma immunoglobulin neoantigens」というタイトルの論文が報告されていた。B細胞リンパ腫というタイプのがんに固有の現象なのか、他のがんにも共通する結果なのかは不明だが、内容は極めて興味深いものであった。

(1)著者は17人の患者から得た、リンパ腫の全エキソン解析を行った。また、遺伝子異常を持つ遺伝子が、がんで働いているかどうかを調べる発現解析(トランスクリプトーム解析)に加え、B細胞受容体の遺伝暗号を解析した。さらに、HLA分子(A,B,C,DR)に結合している分子(抗原)を質量分析システムで解析した。われわれも含め、世界中の多くの研究者が遺伝子異常を含むネオアンチゲン(遺伝子異常を含んでいるので、絶対に正常細胞には存在しない、がん細胞特異的抗原=がん細胞の目印)に焦点を当てているが、このネオアンチゲンを網羅的に解析したものである。

エキソーム解析・発現解析の結果、アミノ酸を変化させる遺伝子異常は1症例で175ヶ所と多かったが、他の16例では平均22個と少なかった。また、遺伝子異常が見つかった総計571遺伝子のうち、リンパ腫細胞で働いていたのは254遺伝子であった。そして、この254遺伝子のうち、これらが作り出すタンパク質の一部がHLAに結合しているものは、117遺伝子あった。しかし、実際にHLA分子と結合していた、がん細胞固有のがん特異的分子であったのは、すべて免疫グロブリンというタンパクの一部であったというのだ。Bリンパ球には、T細胞のT細胞受容体と同じく、個々の細胞が特異的なB細胞受容体(これが免疫グロブリンを作る基となる)を持っており、これらが抗原として結合していた。免疫グロブリン遺伝子以外の遺伝子で生じたネオアンチゲン抗原が一つもなかった事実は、盛り上がっているネオアンチゲン研究に冷や水を浴びせるものだ(ただし、この解析システムの感度=その程度少ないものまで検出できるのかを考慮する必要がある)。

(2)しかし、興味深いのは、がん細胞でたくさん作られているがん関連分子の一部がHLAと結合していたことである。がん抑制遺伝子であるp53遺伝子の異常は6症例で見つかった。p53タンパクは遺伝子異常によってアミノ酸が置き換わると、タンパクが壊れにくくなり、異常p53タンパクががん細胞内に蓄積することが知られている。このp53タンパクの一部(遺伝子異常が起こった部分を含まない)がHLA(クラスI)と結合していていた。5種類のp53タンパク抗原が検出され、そのうち2種類は複数の患者で検出されていた。サイクリンD1とがん遺伝子も、5症例で遺伝子異常が見つかっていたが、この遺伝子異常を含まないペプチド抗原8種類がHLA(クラスI)が検出され、半数は複数の症例で検出されていた。これらは、われわれが研究してきたオンコアンチゲンが抗原として提示されていることと通じるものがある。全く、個別に作成しなければならないネオアンチゲンよりも、HLAが同じ患者であれば、同じものを共通に利用できるオンコアンチゲンは、多くの患者で共通にデータを取ることができるし、経費も格段に安くなる利点がある。さらに検証が必要であろう。 

(3)上にHLA(クラスI)と述べたが、この論文で注目を引くのが、HLAクラスIが活性化するCD8細胞ではなく、CD4型のリンパ球が患者由来のリンパ腫細胞を殺す可能性を示した点だ。少し前までは、細胞傷害性リンパ球(キラー細胞)はCD8細胞と断定的だったが、CD4細胞の中にも細胞傷害活性と持つものがある可能性が指摘されている。この論文ではHLAクラスIIに結合した免疫グロブリン由来のネオアンチゲンがCD4細胞(グランザイムBという細胞傷害物質を産生している)を活性化し、それらがリンパ腫細胞を殺す結果が示されている。

 

ネオアンチゲンとCD8細胞という組み合わせが本当に絶対的なのかどうかを再考する必要があるかもしれない。オンコアンチゲンに再び注目が集まるかもしれない。われわれとしてはそうあってほしいが。このリンパ腫の結果が、他のがんに共通するものなのか、何が細胞傷害性リンパ球で、どんな抗原が望ましい抗原なのか、がん免疫は悩ましい。でも、科学的には興味深いし、これを知ることががんの治癒につながると信じてやまない。

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