小児がんの医薬品開発のための課題

ようやく時差ぼけが取れてきたが、17日にはシカゴを発ち、再度日本を訪問する。今回は北京で21日から開催される国際胃がん学会のオープニングセッションで免疫療法の話をすることが主目的だが、19日の午後には、立命館大学の草津キャンパスで「がんと闘い続けて」というタイトルで講演をする。対象はがんの専門家ではないので、私が外科医からがん研究者となった経緯、がんの治療薬開発を思い立った理由、がんの分子標的治療・免疫療法の現状、プレシジョン医療の重要性についてできる限り平易に紹介したいと考えている。内容もさることながら、私の生き様、研究者としての哲学を若い研究者に伝えることができればと思っている。

昨日はがん予防について少し紹介したが、がん対策は、予防・早期発見・早期治療・低侵襲治療・分子標的治療・免疫療法・高齢者がん治療・小児がん対策・がんサバイバー対策(治療による2次がんリスク)などに加え、高額医療費問題も重要な課題である。これらの課題は個別の課題ではなく、互いに関連しているので、しっかりとした司令塔のもとに効率的に対応していく必要がある。

先日のリレーフォーライフで、小児がん対策に関する質問が出たが、現状の仕組みでは、小児がんに対する治療薬開発を進めていくことはかなり難しい。いくつかの課題について取り上げると、

(1)日本国内の医療機関や患者さんやその家族が総力を挙げて協力すれば、小児がんのゲノム解析を行うことは可能だが、患者さんからがん試料を収集するのが大変なのである。治療薬を開発するためには、まず、多面的な解析を行って、がんという敵をよく理解する必要があるが、これには、比較的大きく新鮮ながん試料を利用することが重要なカギとなる。しかし、手術でもしない限り、十分ながん試料を得ることは容易ではない。1ヶ所のバイオプシーで得られる試料は限られているので、複数のバイオプシー試料の採取が望ましいが、回数を重ねるほど出血などのバイプシーによる合併症リスクは高くなる。リスクに晒すのは可哀想という感情が優先すると、ここで頓挫してしまう。早く治療法を開発するには、早く敵を知ることが必要なのだが、やはりリスクは回避したいと思うのが世の常だし、親の情としては当然なのだと思う。したがって、私のような研究者が「研究には材料が必要だ」というと、「患者をモルモットと思っているのか」という批難の嵐に直面するのが現実である。これを乗り越えるには、患者さんやその家族の協力しかないと思う。分子標的治療薬の開発は敵を知ることから始まったのであり、それを理解するところからしか、この課題は解決できない。

(2)患者数の少ない病気に対しては、治療薬開発のインセンティブが働かない。企業は利潤を生み出さなければならないので、患者数の少ない病気は経済効率から治療薬開発の対象とならないのが常である。この観点で大学や公的機関の研究者の役割が重要なのだが、寄付文化が米国と比べて二桁くらい低い日本では、公的支援に頼るしかない。私の経験を紹介したことがあるが、公的資金も「なぜ、稀な病気の薬剤を開発する必要があるのか」と一刀両断に切り捨てられるのが現実だ。滑膜肉腫の抗体医薬開発も、この壁にぶつかったのである。公的資金の評価で、この理不尽なコメントになんら批判が出ないことは、日本という国の病根のひとつだとも言える。

(3)(1)(2)の壁を乗り越え、薬剤候補が開発されても、次に臨床試験の壁が待っている。これは単に資金の問題だけではなく、薬剤の安全性という課題である。大半の薬剤は成人での効果・副作用が評価された後に、小児での検証が開始される。成人で安全であっても、肝臓や腎臓の機能が成熟していない小児では、予期せぬ副作用が起こる可能性は否定できない。そして、脳血流関門が未発達な小児の場合には、成人では脳に到達しない薬剤が、脳内に到達するリスクもあり、これも大きな課題だ。これら科学的な課題に加え、副作用が出た場合の感情論への危惧が大きな壁となり、臨床試験を敬遠することになる。

医療・医学の進歩の過程で安全性は最優先されるが、最大限の注意を払っても、科学的に予測不可能なことが皆無にはならない。たとえ、最初の10人に安全であっても、遺伝子多型による個人差から、11人目に予期せぬ不幸な結果が起こる可能性もある。日本では、研究者や医療関係者が、新聞やテレビなどのメディアの批難に晒されることを恐れ、委縮している。みんな、妻・夫・親・兄弟・子供など愛する家族がいるのだから、自分に過失のない、不可避な案件で、家族が冷たい目を向けられるリスクは冒したくないのは自然な気持ちだ。経験者の私には、知識が不十分なメディアの、間違った正義感の怖さが痛いほどわかる。言葉だけではなく、本当に死にたくなるような苦痛が待ち受けているのだ。視聴率・販売数に重きを置くのではなく、科学的な論拠に基づき、事実をわかりやすく正確に伝えるメディアなくしてこの壁は乗り越えられない。また、研究者や医療従事者には、患者さんや家族の支援が絶対的に不可欠だ。患者さんや家族は、なぜ自分たちの要望する課題が解決されないか、その原因・理由を見据えた上で、研究者や医療従事者と一緒になって壁を打ち破って欲しい。

がんを克服したいという純粋な研究者の想いが、そのままストレートに伝わる社会にするには何が必要か、われわれも工夫していかなければならい。

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性的嗜好と咽頭部がんをつなぐパピローマウイルス

一昨日のワシントンポストが、「性的な嗜好が、咽頭部がんなどのリスクを増す」という特集を組んだ。俳優のマイケル・ダグラスが、4年前に、「自分のがんに性的嗜好が関係する」可能性を告げた際には、ほとんどの人が間違った情報を伝えられたのではないかと思った、というところから記事は始まっていた。

この性的嗜好が、口腔内や咽頭部にヒトパピローマウイルス(Human Papilloma Virus, HPV)感染症を引き起こし、これが発がんリスクを高めているのは、今では、医学的常識となっている。まさに、子宮頸がんリスクが、HPV感染症によって高まるのと同じ図式である。パピローマウイルスには100種類以上のタイプがわかっており、イボを引き起こすタイプもある。この中で、タイプ16とタイプ18(他にもいくつかあるが)が子宮頸がんに関連することがよく知られている。

感染しても、すぐにがんが発症するのではなく、多くは数十年の経過期間の後に発症することがわかっている。大半の場合には、このウイルスに感染しても免疫システムが働き、ウイルスを退治するが、一部の人では感染が持続してがん化につながっている。一度退治しても、一生続くような強力な免疫が誘導されないことが多い。また、持続感染があっても、がんが必ずしもできるわけではない。

このパピローマウイルスががんのリスクを高める原因はすでに明らかにされている。ウイルスが作りだすタンパク質である、E6、あるいは、E7と呼ばれるタンパク質が、がん抑制タンパクであるp53(人のがんの50%で遺伝子異常が見つかっている)やRB(網膜芽細胞腫―網膜にできるがん)に結合して、それらの働きを弱めることが一因である。一般的には、複数の遺伝子の異常が重なった結果としてがんが発生するため、HPV感染症だけでなく、他の遺伝子異常が起こらない限りがんには至らないと考えられている。

話を元に戻すと、性的交渉によって、男性の口腔内や咽頭部などにパピローマウイルス感染が生じた場合、子宮頸がんと同じような仕組みによって、発がんリスクを高める。頭頚部がんの14%-68%(報告によって数字が異なるが半数近い症例)で、HPV感染があると報告されており、特に中咽頭部がんで多いようだ。これは厳然たる科学的な話であり、これらのエビデンスによって、女性だけではなく、男性にもHPVワクチンの投与を推奨している国もある。

もちろん、喫煙やアルコールなどの環境要因も、頭頚部がんの罹患リスクを高めている。とくに、お酒を飲んで顔が赤くなる人は、アルコール摂取には要注意である。と言いながらも、私も顔が赤くなるタイプなので飲酒は控えなければならないのだが。がんは、完全に予防することはできないが、リスクを低くする事はできる。ウイルスが関係しているがん、たとえば、子宮頸がんや肝臓がん(肝炎―肝硬変―肝臓がん)などは、ウイルス感染を防ぐことががんリスクの低減につながるし、避けることのできる喫煙や飲酒に注意を払えばかなり違ってくる。

日本ではがんの予防にあまり努力が払われていないように思う。トワエモアの歌ではないが、「ある日、突然」がんが消え去るわけではない。予防はすぐに目に見える結果を出すわけではないが、一歩一歩出来ることから進めていくのが重要だ。

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がんの延命から治癒へ;プレシジョン医療―(4)

シカゴに戻っての1週間、体が鉛のように重かった。日本滞在中はかなり無理した自覚はあったが、歳には勝てない。そのためか、昨夜は12時間近く寝てしまった。こんなに長く寝た記憶はない。しかし、おかげで、霞がかかっていたような頭がスッキリとした。

 

今日は、日本滞在時に感じた、免疫療法に対する違和感について話をしたい。ちなみに今日から始まっている米国癌学会で、免疫療法とリキッドバイオプシーは中心的話題だ。色々な人と日本に次期がん対策に関する話を聞いたが、残念ながら、リキッドバイオプシーに対する反応は低かったし、「免疫療法」に対して批判的な声が消えないようだ。

 

科学として免疫療法は確固たる位置を築いたことは明白だ。日本では、いい加減な免疫療法が広がることを問題視し、憂慮している人が少なくないようだが、欧米ではいろいろな免疫チェックポイントを対象とする治療薬や多種類の免疫療法の検証が進んでいる。「怪しい免疫療法が広がることを懸念して、まともな免疫療法を抑え込む」ことは非科学的だ。国際的な環境は、「何かが起こる危険があるから、何もしない」といっているような悠長な状況ではない。「真っ当な免疫療法の科学的な妥当性を評価しつつ、怪しげな免疫療法を抑え込む」ことが、国・学会・医学研究者・医師を含む医療従事者の使命のはずだ。

 

このブログでも何度も紹介したが、現在、保険適用となっている免疫チェックポイント抗体は、分子標的治療薬に比べて効果は長期間継続するものの、効果を発揮するまでに少し時間がかかる場合が多い。しかし、有効率は20-30%と限られている。薬価が高いことが問題になっているが、分子標的治療薬と比べて桁外れに高額であるわけでもない。効果がない患者さんに対する無駄な投与や自費診療で治療を受けている患者さんや家族への経済的負担が課題なのだ。

 

米国では、図に示すような、分子標的治療薬と免疫療法の長所を生かして(短所を補うために?)、二つの治療法を併用する臨床試験が多数実施されている。分子標的治療薬で早くがん細胞を叩き、その間に免疫を活性化させて、長期生存する患者さんの割合(治癒率?)を高めようとしているのである。このまま、日本で何もしないでいれば、高額の医療費負担となって跳ね返ってくるのは必至の状況だ。

 

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免疫チェックポイント抗体が効きやすい人、効きにくい人の、がん組織を取り巻く環境は、単純化すると下記の図のようになっている。がん組織のPD-L1が高い症例が効きやすいとされているが、そのような症例では、CD8リンパ球(細胞傷害性を持つリンパ球)が増えていることが多い。すなわち、がん組織内にあらかじめがんを攻撃するリンパ球予備群の存在が重要だ。がんを守る免疫力を抑え込んでも、がんに対する攻撃力が備わっていなければ、当然ながら、効果がないのだ。

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では、さらに免疫療法の効果を高めるにはどうすればいいのか。いろいろと手段はあるが、素直に考えれば、がんを攻撃するリンパ球を増やす方法が頭に浮かぶ。しかし、それが高額であっては、患者さんに負担となって跳ね返ってくる。この観点では、ペプチドワクチン療法(オンコアンチゲンや、最近注目のネオアンチゲン)、あるいは、これらで樹状細胞を刺激した治療法が考えられる。これがもっともっと検証され、有効性が科学的に実証されれば、日本には大きな強みとなる。私が信じていることだけでは、屁のツッパリにもならないだろうが、とにかく私は信じているし、それを実証していきたい。

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嫌なもの、ゲテモノという視点で、目を逸らしていても、似非免疫療法クリニックはなくならないし、患者さんや家族を不幸にするだけだ。科学的な目を向ければ、国として取り組み、評価していくことは当然の流れだと思う。「可能性があるなら、それを科学的に評価していく」、これができないから、日本はこのようになったのだ。政治も、行政も、研究者も、現実に目を向けて、患者さんたちを救う手立てを考えて欲しいと願っている。

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世界大学ランキング2017

タイムズ・ハイヤー・エデュケーション(Times Higher Education)が世界大学ランキングを公表した。日本では意図的かどうかわからないが、THE世界大学ランキング日本版がメディアで取り上げられているようだ。目を背けたくなる気持ちもわからないわけではないが、日本の大学の世界ランキングは目を覆いたくなるような状況となっている。

 

1.オックスフォード大学 (イギリス)

2.カリフォルニア工科大学 (アメリカ)

3.スタンフォード大学 (アメリカ)

4.ケンブリッジ大学 (イギリス)

5.マサチューセッツ工科大学 (アメリカ)

6.ハーバード大学 (アメリカ)

7.プリンストン大学 (アメリカ)

8.インペリアルカレッジロンドン(イギリス)

9.スイス工科大学―チューリッヒ(スイス)

10.カリフォルニア大学バークレー校 (アメリカ)

10.シカゴ大学 (アメリカ)

と多少の上下はあっても、お馴染みの顔ぶれだ。

 

10位より下のアジアの大学をリストアップと、

24.国立シンガポール大学(シンガポール)

29.北京大学 (中国)

35.清華大学 (中国)

39.東京大学 (日本)

43.香港大学 (香港)

49.香港科技大学 (香港)

54.新加坡南洋理工大学 (シンガポール)

72.ソウル国立大学 (韓国)

76.香港中文大学 (香港)

89.KAIST (韓国)

91.京都大学 (日本)

となる。

 

東京大学はアジアのトップに返り咲くことなく、4位と沈んだままだ。100位以内には、中国+香港5大学、シンガポール2大学、韓国2大学、日本2大学であり、大学教育で見る限り、日本はアジアの盟主とは言いがたい。香港やシンガポールは英語圏であるので有利だとしても、東京大学が中国北京にある2大学の後塵を拝している事実はしっかりと受け止めなければならない。メディアまでもが、世界ランキングから目をそらし、THE世界大学ランキング「日本版」を主に報道しているのは理解しがたい。コップの中の競争ではなく、国際的な視点が必要なはずだが、どうしたことか?日本で3番目でも、世界では200位以内にも入っていないのだ。日本の国際的な地位の低下は否定できない事実であり、大学のランキングの低下は、将来の日本の国際競争力低下につながるはずだが、あまりにも疎いのではないのか?

 

これでは、アジアの若者にとって日本の大学に留学することが魅力的でなくなる。このまま低下が続くと、長期的に見れば日本にとって大きなマイナスであると判断し、それに対応することが必要だ。優秀なアジアの若者が集まり、その人たちと人間的なつながりを持つ事は、必ず、国の将来の発展に寄与するはずだ。東京大学在籍時に受け入れた国費留学生(日本の支援で留学してくる学生)は非常に優秀であった。彼ら・彼女らは母国に帰っても、日本に残っても、その国の人たちとのパイプをつなぐ上で重要だ。信頼関係のある人間関係なくして、国と国の友好関係を築き上げるのは困難だ。もっと国際的にも魅力のある大学にすることが急務だと思う。

 

日本の大学の世界ランキングが低下していることは、国レベルで対策を練るべき大きな課題であるはずだが、目に見える対策が練られているようには見えない。森友学園に膨大な時間を費やしている日本だが、あまりにも非生産的な気がする。朝鮮半島では、南も北も不安定な状況で、次の核実験も近いかもしれない。戦争の悪夢の可能性もゼロではない。日本の米軍基地にミサイルが飛んでくればどうするのか?それに核爆弾がついていたらどうするのか?まったく危機管理ができていない。アメリカの政治もおかしいが、日本のそれは喜劇的な要素がてんこ盛りである。本当にこれで大丈夫か、日本の将来は

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がんプレシジョン医療;がんの治癒を目指して(3)+シカゴ5周年

今日はシカゴに来て5年目の記念日だ。いろいろな想いがあって日本を飛び出し、矢のように時間が流れた。日本にそのままいれば、定年後の生活を考え始めていたのだろうが、米国の実情を知り、日本を遠くから眺め、日本のがん医療の将来に対する不安がますます募ってきた。しかし、正直なところ、心の中には、「人の何倍も働き続けてきたのだから、もう、若い世代に任せて静かに過ごしたら」という私と「日本の患者さんのために、倒れるまで、なすべきことをすべきだ」という私が混在している。歳を取ったためか、体調のいい日は頑張ろうと思うのだが、体調の悪い日は弱気になる。そんな時には、患者さんから頂いたメールや手紙を読み返しては自分を鼓舞している。3月18日の大阪での講演会の際に10代のがん患者さんのお父様から、患者さんの手書きの手紙を頂いた。読み進めるうちに目が潤んできた。私の研究成果を待ち望んでいる人のために、重い荷を背負って歩き続ける責任があると改めて感じた。たとえ、それが一人であっても。

話をプレシジョン医療に移す。がん医療の質の更なる向上のためにも、医療費増加抑制のためにも、がんのプレシジョン医療体制の確立が不可欠だが、全体像を俯瞰的に考えることのできる人材が日本には少ない。先週の日本滞在中に、中国のiCarbonX・韓国のTheragen・米国のThermo Fisherの幹部たちと会合を持ったが、ヘルスケアからメディカルケア、そして生命保険・医療保険まで含めて幅広い議論ができた。しかし、日本人の研究者とは話がなかなかかみ合わない。自分の研究の延長戦上の議論しかできないように思えてならない。

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(メディファックス ウェブ;医療の「希望」を信じてー米国からの便り(6)より)

 

医療費の増加が必然の高齢化社会を乗り切るためには、ゲノム情報などを利用したプレシジョン医療が絶対的に必要だ。がんに限らず、病気の予防(ヘルスケア)、早期発見・早期治療は医療費の削減につながるはずだ。そして、塩崎大臣が力を入れている、厚生労働省のゲノム医療会議の資料を期待を持って読んだが、あまりにも視野狭窄で愕然とするしかなかった。これでは3周くらい遅れているトラック競技で、必死で追いすがっているレベルだ。もっと世界に目を向けて、将来起こりうることを想定しないと、世界をリードすることなど夢物語だ。

特に、私はリキッドバイプシーはがんの医療体系を変えると思っているが、日本ではそうでもないらしい。リキッドバイオプシーは

(1)がんのスクリーニング

(2)がんの再発モニタリング

(3)がんの治療効果(薬物療法・免疫療法)の判定

(4)治療薬耐性の判定

などの低侵襲の診断法としてかなり威力を発揮すると考えている。もちろん、完璧ではないが、合併症リスクの低くない内臓のバイオプシーなどに比べれば、かかりつけの医療機関で簡便に採取できるという利点を持っている。日本には、海外に比してCTやMRIなどの診断機器が溢れているので、これらの検査を比較的簡単に受けることができるが、これらの検査の手間を考えれば、血液である程度診断できれば、専門医療機関へのアクセスが悪い患者さんにとってもメリットが大きいはずだ。

ゲノム医療が医療の現場で活用されるようになってきたのは、次世代シークエンサー(NGS=Next Generation Sequencer)の開発によるところが大きい。1990年に始まったヒトゲノム計画では、一人のゲノムを解読するのに、10年以上の歳月と1000億円の経費を要した。それが、今や、全エキソン解析は2週間と5万円で可能だ。1台の機器で一度に大量のサンプルの解析が可能なので、最新機器では解析に必要な時間を人数で割ると、15分間で一人のエキソン解析が可能だ。解析費用も効率的に運用すると3万円程度まで下げられると思う。正常組織とがん組織のDNA解析、がん組織での遺伝子発現解析、そしてその後の情報解析を含めても、一人20万円もあればできると推測される。1万症例の解析をしても20億円でできる計画だ。

これができれば、膨大な量の医学的に重要な情報が蓄積される。これによる無駄な医療費削減を考えると損はしないと思うのだが、悲しいことに、こんな議論が全くできなかった。しかし、自分の信じることを前に進めるしかない。稀少がんも、小児がんも、治りにくいがんも、まず、敵を徹底的に知ることから始めれば道が開けるはずなのだが?

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がんプレシジョン医療;がんの治癒を目指して―(2)

プレシジョン医療には、当然ながら予防や早期発見も含まれる。肝炎ワクチンやパピローマワクチン(現在では、子宮頚がんだけでなく、頭頸部癌の予防につながると考えられている)など有効な手段だ。そして、個人ごとの遺伝的リスクに応じた、がん予防プログラムや検診プログラムの導入が必要だと思う。中韓では、すでに生命保険・医療保険企業と連携する形で、トータルヘルスケアシステムが開始されている。糖尿病など薬物治療ではなく、運動療法のアドバイスまで含めたサービスが提供されている。

 

日本では、肺がん検診、胃がん検診、乳がん検診、子宮がん検診などが実施されているが、検診率は、まだまだ、満足の行くレベルではない。大腸がんなどを本格的にスクリーニングするには、X線検査や内視鏡が必要だが、大腸を空っぽにする前処置が結構大変だ。私も何度か経験があるが、何度もトイレに駆け込むのは大変だし、油断するとお漏らししてしまいそうだ。

 

そこで可能性があるのがリキッドバイオプシーだ。リキッドバイプシーの利用目的の一つは、がんの早期発見だ。検査において重要な項目は、検査の侵襲性・感度・精度だが、リキッドバイオプシーは間違いなく、侵襲の程度は低い。しかし、理論的には、ステージ1・2のがんをすべて見つけることは難しい。大腸がんの場合、ステージ1・2で何らかの異常が見つかるのは50-60%程度だ。しかし、異常が見つかれば、何らかの病変の存在する確率は高い。

 

技術的かつ論理的な限界は、血液(血漿)中に含まれるDNAの量だ。一般的な検査としては、血液7-10ccで答えが出ないといけない。血漿から数十ng(ng(ナノグラム)は1グラムの10億分の1)が回収でき、そのうち5-10ngDNAが利用されることが多いように思うが、この量は結構厳しい。1個の細胞に含まれるDNAは約6.6pgpgピコグラムは1グラムの1兆分の1;ピコ太郎とは何の関係もないと思う)であるので、6.6ng1000細胞相当だ。一つの細胞には2ゲノムあるので、5-10ngだと2000ゲノム程度しかない。しかも、DNAの長さが短いので、遺伝子を増やす操作(増幅)する際にも効率が悪くなり、実際には1000分子相当分しか増幅できないことになる。検出率を上げようとすると、当然ながら量を多くした方が良いが、それに応じて、手間もかかり、検査料金も高くなる。新しい技術の限界を知った上で技術を利用すればいいのだが、それができないのが問題だ。

 

また、血液を採取してからDNAを回収するまでの時間が、どの程度解析結果に影響するのかも検討しなければならない。質の悪い研究者が、無茶苦茶な実験条件でごみの山を築き上げて、解析結果の解釈に混乱を引き起こす前に、技術の標準化が不可欠だ。米国のNIHには技術の標準化を専門にする研究機関があるが、日本にはない。また、「できるかどうかわからない場合に、何もしない」ことを選択する文化を捨て、「できるかどうかわからないなら、挑戦してみる」ことが必要だ。これができなければ、永遠にイノベーションなど生まれない。

 

私は、発見しにくいがんである、卵巣がん、膵がん、胆管がんなどでも大腸がんと同じレベルで検出可能なら、その臨床的意義は高いと考える。とにかく、有用性を急いで評価する方向で研究を進めたい。P53遺伝子の異常が検出されても、どこにがんがあるのかわからないの意味がないと、したり顔で偉そうにしている研究者がいるが、こんな人たちが日本の研究の足を引っ張っている。今日できないことが明日突然できるようになるのではない。地道な努力を続けることによって、日々、技術は改善され、実用化にたどり着くのだ。

 

卵巣がん・膵がん・胆管がん患者団体の方々、是非一緒にやりましょう。それ以外の患者団体の方々も、是非、できることがあれば一緒に行動を起こしましょう。

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リレ―フォーライフ@東京医科歯科大学

今、羽田空港にいる。昨日は久々にリレーフォーライフに参加していただいた。患者さんや家族の方と触れ合うと刺激になる。米国のように、患者さんたちと医師・研究者が一体となった行動を起こすことが必要だと思う。滞在中、プレシジョン医療という言葉も広く使われるようになったものだと感じたが、基本的なコンセプトをわかっている人が少ないため、内容が非常に矮小化されているようだ。

 

欧米崇拝のNHKスペシャルは、多くの患者さんに幻想を引き起こしたためか、、患者さんたちにはあまり評判が良くなかったようだ。あまりにも日本の現状認識に欠けていたと思う。しかし、少なくとも何かが起こりつつあるという問題提起にはなったのではないか?また、正しい知識をどのように共有していくのかという課題を明らかにした。しかし、この問題の解決は非常に難しい。医療関係者と一般の方の知識ギャップだけでなく、医療関係者間の知識ギャップも大きい。教育の問題、メディアの不見識、隙あらばと狙っている詐欺師たち、このような課題を個別に解決するのではなく、抜本的な対策が必要だ。

 

今回の8日間の日本滞在中に、日米韓中の4つの企業と会合を持った。ゲノム医療を実地医療として広く利用できる方策を検討するためだ。特に、中国・韓国の企業は、メディカルケアとしてのゲノム医療ではなく、ヘルスケア(病気のリスク判定やスクリーニング)まで視野を広げて、個人個人の健康管理を提供する企業としての発展を目指している。ある企業は、国外も含め、患者さんに最適の医療機関を紹介することも含めたビジネスを考えている。

 

がんプレシジョン医療は、薬の効果に関連する遺伝子を調べて患者さんを選別するといった狭い定義のものではない。米国の大統領が、推進すべき国策としてそのような狭義なものを一般教書演説に含めるはずなどないのだ。がんを治癒することを目指した「ムーンショット計画」は、壮大な計画であることは疑いもない。少し頭を働かせれば、遺伝子で薬を選ぶといった単純なものではないことがわかりそうだが、日本のメディアにはそのあたりの相場勘が欠けている。

 

プレシジョン医療計画・ムーンショット計画ともに、医療を一変させることを目指したもので、医療の質を向上させつつ、医療費の増加傾向を抑制する効果があると私は信じている。次回は、再び、プレシジョン医療に関する内容に戻りたい。

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