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ふざけるな日経バイオ;勝手な記事を書くな!(+その後)

オンコセラピーサイエンス社を通して抗議したところ、下記の返答がきたとのことだ。

(1)辞任した場合には、辞任した側の話を聞けば十分

驚きの回答だが、これが日経の方針だそうだ。会社関係の皆様、この言葉を重く受け止めて対応する必要があります。私が医療イノベーション推進室長を辞めた時、当時の官房長官は「給料がいいからアメリカに行くのでしょ」と私にとっては腹立たしいコメントし、それが記事になった。この場合、辞めた側(私)のコメントはありません。見事な二重基準ですね。メディアに対する不信はこのようにして醸成されるのです。

しかし、会社を辞任しようとしている人、辞任するかもしれない人にとっては朗報です。あなたの言い分だけを記事にしてくれるメディアがあるのです。大いに活用しましょう。

(2)すでに私の下記ブログの批判があったので、削除するとそれが理由と思われる。すでに掲示板に出ているので、ブログでの批判は消えない。

これは、明確な問題のすり替えで、私が闘っている新聞社と同じロジックだ。一端、新聞やテレビで流されると、多くの読者は、それを真実と信じてしまう。記事が正しいかどうかの問題と記事を批判した文章が公開されているかどうかは、別問題だ。新聞社などメディアは他人の不祥事に対して、自己反省を押し付けるが、自社に不祥事があっても自社に寛容だ。しかし、上記のように辞任した側だけのコメントを掲載する編集方針とのことだから、このメディアはそのような方針ということを心しておけばいい。そして、昔と違って、SNSで反論することができるということをメディアも心して欲しい。

なんだか、トランプ大統領のメディア批判が乗り移ったような気持ちになってきた。大統領とメディアの対立は、立場上よくないと思うが、取材拒否したくなる気持ちは私にはよくわかる。メディアは知る権利があると主張するが、勝手に何でも書いていい権利はないはずだ。歌手の覚せい剤事件、俳優の暴行事件、医師の暴行事件、逮捕された時には「これでもか、これでもか」と立ち直れなくなるくらいに集中砲火を浴びせ、起訴猶予になると知らんぷり、これがメディアの本質だ。

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日経バイオオンラインが、「同社(オンコセラピーサイエンス社)は20147月、創業者で特別科学顧問の中村祐輔米Chicago大学医学部教授と当時の社長との意見が合わなかったことで社長が辞任し、その後同年9月まで山本氏が社長を務めたことがある」との記事を発信した。私も、突然、トランプ大統領の心境になった。

 

いったい、何を根拠に当時の社長の辞任理由としてこんな記事を書くのか!私は何も取材されていないぞ!それとも誰かの言い分を勝手に記事にするのか。いつから、メディアは、確証もない記事を勝手に発信するようになったのだ。

 

こんな無責任な記事を書いて、読者に配信するな。

 

 

がんと闘う主役は患者さんと家族

一昨日の木曜日には、シカゴ市内で銃による殺人事件が7件発生した。トランプ大統領が翌日ツイッターで"Seven people shot and killed yesterday in Chicago. What is going on there - totally out of control. Chicago needs help!"とつぶやいたそうだが、この数は確かに異常だ。特定の地域に集中しているとはいえ、ここまで多いと他人ごとと安閑はできない。2015年には銃撃事件3,000、殺人487人だったのが、2016年には、4300件の銃撃事件、760人の殺人事件と急増している。殺人事件数は1.5倍に急増という非常事態だ。今年は昨日までの54日間で、99人が殺されている。聞くだけで恐ろしい数字だが、このペースで推移しても年間約700人だから、昨年を下回っているというのも驚きだ。是非、トランプ大統領が解決できるなら、何とかして欲しい。

今日は3月に大阪・東京で行う講演会の案内をしたい。

まずは、17日の午後に大阪のインターコンチネンタルホテルで開催される4回先進医療推進フォーラムだ。「完治を目指す革新的医療」のテーマで、私を含め4人の演者が講演するhttp://www.ampo.jp/forum)。私は2番目なので、午後2-3時くらいの予定だ。ここでは「がん;延命治療から治癒の時代へ」の題目で話をする。時間がたっぷりあるので、「がんプレシジョン医療」の全体構想を紹介したい。少し専門的になるが、今後のがん医療の在り方に関する提言をしてみたい。

二つ目は、25日に東京医科歯科大学で開催されるリレーフォーライフで「がんの治癒を目指して」のタイトルで20分間話をさせていただいた後に、患者さんの代表も交えたパネルディスカッションに参加する。http://relayforlife.jp/ochanomizu/2017/02/study_cancer/

米国と日本で大きな違いと感ずることの一つが、患者さんの声を政治・行政に届ける力の差だ。3人に一人の日本人ががんで命を落としている。多くの患者さんや家族が、全く希望のない中で、数か月から1年前後暮らしていかなければならない。研究者や医師もがんと闘っているが、闘う主役は患者さん自身であり、その家族なのだ。是非、多くのがん医療に関心のある方々に集まっていただきたい。

2017年の今、患者さんや家族が、如何に延命するかではなく、「如何にがんを治癒させるのか」を、声を大きくして求めていく時代なのだと思う。米国がムーンショット計画というなら、日本は火星(Mars-shot)、金星(Venus-shot)、いや、サンショット(Sunshot)計画をぶち上げるくらいのことは言って欲しいものだ。日本は「日の本の国」なのだから、それを言ってもおかしくないはずだ。

昨日、水泳で1000メートルを泳いできた。休み休みだが40分弱で泳ぐことができた。まだまだ、がんとの闘いを支援することができるはずだと自分に言い聞かせた。

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科学の信頼を揺るがす論文出版ビジネスの巨大化

シカゴは依然として暖かい。昨日も過去の最高気温記録(11)8度も上回る19度であった。2月に入って、数時間だけ雪がちらついたが、本格的な雪景色にはならず、今後1週間も雪の予報はないので、2月に積雪なしという珍しい光景だ。

そして、昨日の内科講演会はJAMA (Journal of the American Medical Association)編集委員長Howard Bauchner博士によるものだった。どのような対象の論文をどのような基準で選択しているのかを含め、医学雑誌の編集方針などについて紹介があった。かなり退屈な講演だったが、二つだけ、私の記憶に残ったコメントを紹介したい。

まずは、ネガティブデータの取り扱いである。ネガティブデータも掲載するべきだという声が編集部に寄せられているが、この取り扱いは難しいと言っていた。私の専門とする範囲で、ネガティブな結果とはどのようなものかを紹介する。たとえば、ある遺伝子の中にAというタイプとCとタイプのちがいが見つかり、Aのタイプの人が乳がんの薬が効きにくいという結果が報告されたとする。

研究者の中には、同じ結果が得られても、反対の結果が得られても、論文が書けると考えて、自分が同じような試料(たとえば、患者さんのDNA)を持っているとすぐに飛びつく人たちがいる。報告された結果と異なる、すなわち、「遺伝子の違い(A、または、C)と薬の効果に差がない」という関連を否定する結果が得られれば、鬼の首を取ったかのように勇んで報告するケースが少なくない。

もちろん、最初の結果が間違いであることも少なくない。しかし、一般的に言って、関連がないこと、すなわち、ネガティブであることを証明するのは難しい。特に、遺伝暗号のちがいには人種間差が大きいので、集めた試料の集団(病気の人と健康な人;薬が効いた人と効かなかった人)に少しでも偏りがあると、間違った結果につながってくる。

また、試料の数が少なければ、そもそも解析すること自体が意味を成さない。日本には、これが多い。たとえば、臨床試験をする場合には、一定の差があると仮定(期待)し、それを証明するためには、どの程度の数の患者さんを調べれば、意味のある結果が得られるのかといったシミレーションが必須だが、それも軽視されがちだ。数が少なければ、ネガティブ(関連がない)と判定することに学問的意味がないのだが、とにかく有意差があるかどうかを検定して、検定基準を満たさなければ、関連がないと大声で叫ぶ人がいる。これは単に自分の無知をさらけ出しているだけだ。

また、研究対象が自分の目的に適っていなければ、そもそも調べる意味がないのだが、そのようなことを全く考えない研究者も少なくない。ネガティブなデータと称するデータの多くが、目的に適った研究デザインになっていないので、それを雑誌で取り上げるのかどうかは非常に頭の痛い問題なのだ。私も多くの論文の審査に携わっているので、彼の問題意識はよくわかる。

そして、二つ目は、論文出版業界の乱立である。私のところには、「この雑誌に投稿してください」というメールが、毎日20通近く送られてくる。「この雑誌の編集委員になってください」というメールも毎日2-3通ある。米国のNIHなどの公的機関の支援で行われた研究は速やかにデータ共有する義務が課せられている。それに伴い、オンラインで自由閲覧(オープン化)が世の流れである。世界的な研究人口の増加に伴って、既存の雑誌だけでは不十分になってきたことと、オンラインだと大掛かりな印刷設備や輸送経費を削減できるので、出版業界の形態が大きく変貌しつつある。

問題は、科学の世界の基盤であった、公平・公正な審査が保たれなくなってきたことにある。バイデン前副大統領が指摘したように、超一流雑誌の結果でも、必ずしも、その結果を全面的に信頼できるとは限らなくなってきている。論文を出したい研究者と、出版でお金儲けをしたい出版社の利害が一致すると、審査は甘くなり、研究者はどんな形でも論文を発表できることで安堵し、そして、出版社は儲ける。しかし、間違いなく、論文の質は低下してくる。演者によると「新しい雑誌では、投稿した論文の60-70%が採択されている」とのことだ。基準が甘いのではと心配になる。科学の進歩に貢献しない論文が増えてくることは決して望ましいことではない。

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ネオアンチゲンT細胞療法の歴史を学ぶ

今日、シカゴ大学で私たちが共同研究している、Hans Schreiber教授のセミナーがあった。彼は1995年にがんで起こっているミスセンス変異(遺伝子変異によってたんぱく質を構成しているアミノ酸が別のアミノ酸に変わる異常)が、リンパ球ががん細胞を攻撃する目印であることを世界に先駆けて報告した研究者だ。研究には厳しいが、彼と重ねた議論によって、私の免疫学の知識は格段に向上したと思う。彼から見れば、まだまだだろうが。

 

私も歳を重ね、1987年にサイエンス誌に報告したDNA多型マーカーVNTRが、教科書にも引用されているくらい、カビの生えた研究者となってしまったが、セミナーでの彼の研究の歴史は1975年から始まった。私が大学生時代の話で、山口百恵さんに胸をときめかしていた頃だ。私が遺伝子操作の「いろは」を学び始めたのが1981年だから、年季が違うのは当然だ。

 

研究内容は、いつも議論していることなので、私には内容は難しくなかったが、研究室の若いたちには断片的にしか理解できなかったかもしれない。1時間の話で、私にとって最も印象的だったことは、1990年代には全く受けいれられていなかった、変異抗原(ネオアンチゲン)ががん免疫にとって重要だと唱えた研究に対して、米国NIH25年間もこの研究テーマに対して研究費を提供し続けたとことだ。1995年の論文も、決して世間で非常に評価が高い雑誌に発表されているのものではない。しかし、研究内容をしっかり精査して、研究費の申請に対して、高い評価を継続的に与え続けることができたのが米国の強さだ。Schreiber博士自身が、講演の最後に言っていた。「いろいろ批判をする人がいても、最終的に公正な評価ができるのが米国なのだ(ちなみに彼はドイツ人である)」と。

 

「何かよくわからないから、研究支援はいらない」と評価するのではなく、「未知数だが、うまくいった時の可能性に賭けてみよう」という判断ができるし、進捗をちゃんとモニターして、継続の必要性を評価できるシステムが、イノベーションを生むのだ。新しい治療法の開発は、このような可能性を見出す目利き力にかかっているのだと思う。日本に欠けている課題の一つだ。

 

がん変異で生み出された抗原を標的とした新規T細胞療法が人に応用できる条件として

(1)T細胞受容体が、がん細胞特異的であること(変異したペプチドに特異的であること)

(2)がん特異的T細胞が、がん患者本人から得られたリンパ球中(血液・組織)に存在していること(ネオアンチゲンペプチドを利用して、特異的なリンパ球が活性化されること)

(3)患者さん自身のリンパ球にT細胞受容体遺伝子を導入すること

をあげていた。がんを治癒する新時代の夜明けは近いと私も信じている。

 

是非、産経新聞の正論欄もついでに読んでください。

http://www.sankei.com/column/news/170221/clm1702210006-n1.html

 

PS:昨日はシカゴ植物園で開かれた「蘭」展覧会に行ってきた。観てきたというよりも、写真を撮ってきたという表現が正しいかもしれない。今日も気温20度近く、まるで初夏だ。

 

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重度の肥満+糖尿病に外科手術!?

昨日は、過去最高気温を更新して19度まで気温が上がった。今日は2時現在、20度で、まるで米国の株価のように連日の記録更新だ。あと1週間程度非常に暖かい気候が続き出そうで、この間さらに2-3日は記録を更新する暖かさになりそうだ。この時期には珍しい晴天続きで、夕焼けも美しい。まるで5月頃の初夏を思わせるような素晴らしい気候だ。しかし、心は晴れない。このところ、立て続けに、十代でがんを患っておられる子供さんを持つご両親からの相談メールが寄せられたが、何もできない無力な自分が情けない。

 

日本では、iPS細胞を使った臨床試験は、死につながる病気でなくともハードルが低いのに、確実に死に直面している進行がんでは、依然として新規の治療法に対するハードルが高い。日本は変な国だといつもながら思ってしまう。米国に住んで嘆いていても、何もできないくせに偉そうに言うなという声が聞こえそうだが、その通りだ。「挑戦」を始めなければいけない時だと思う。

 

今週の「New England Journal of Medicine」誌に掲載されていた論文も、日本では顔をしかめる人が多そうな挑戦の結果だ。高度の肥満+糖尿病の患者に対して、内科的治療法と外科的治療の優劣を比較した結果だ。乳がんの予防的外科手術でも、当初は、がんもない正常な乳腺を取るなど、とんでもない話だとしたり顔で批判する人が多くいた。生体臓器移植(最近の京都府立医科大学の事件で、生体臓器移植のイメージが悪くなったように思うが)、特に、生体肝移植は、専門家の中でも、健康な人にメスを入れるということに対して批判が強かった。臓器提供が非常に限られている日本で、どれだけの患者さんを救ったか、私は誇るべき成果だといつも思う。目の前にいる救いたい患者さんのために何かをしたいと思う純粋な医師の気持ちをもっと大切にして欲しいと思う。そして詐欺師は徹底的に糾弾すればいいのだ。

 

話を戻すと、今回は、外科的手法として、バイパス手術(胃を上の方で切断して、その部分と小腸をつなぎ合わせ、食物の通る胃の部分を小さくする。そして、残った胃やから流れる液や胆嚢・膵臓から分泌される液を、小腸の途中で合流させる)(B群と呼ぶ)や胃の縮小手術(胃の左半分程度を切除する)(S群)が行われた。これらのグループと、内科的治療だけのグループ(M群)を比べたのだ。対象患者はBMIが27-43とかなり高い。この中央値である35というのは、身長170センチの人であれば、体重101キロに相当する。

 

ヘモグロビン1Ac(Hb1Ac)はヘモグロビンに糖が結合したもので、糖尿病がうまくコントロールされているかどうかの指標となっている。この値が5年後に6%以下になるかどうかを指標として試験が行われた。試験開始時点でのHB1Acは9.2%とかなり高い。この数値も含め、いくつかの指標で3つの群を比較すると、下の表で示されるように指標は明らかに、外科的に胃を小さくするほうが、数字が改善されている。外科手術を行った場合、平均の体重減少は20%以上であり、170センチの人で例えると、100キロから80キロへと減少したことになる。糖尿病関連の数字だけでなく、他の指標も大幅に改善されており、生活の質の改善も明らかだ。そして、インスリンを含め、治療薬が減っていることから、外科手術に費用がかかっても、一生治療し続けなければならないことや合併症の回避・軽減を考えると、全体での医療費の削減につながっていることは確実だ。もちろん、日本の糖尿病患者さんに占める肥満度は高くないが、肥満度の高い人には一つの選択肢として考えられるのではないだろうか?

 

患者さんの生活の質にも医療費の削減にもつながる。科学的に新しいものに挑戦して、一つずつ改善策を見つけ出していく。これが、これからの日本にも重要だ。

 

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肝胆膵がんの治癒率向上のための戦略

全国がん(成人病)センター協議会ががんの臓器部位別10年生存率を公表した。がんは高齢になるほど多く、別の病気で亡くなる場合もあるので、この数字はがんで亡くなった患者さんを元に補正されたものだ。がん全体の10年生存率は58.5%であり、がんを治癒できる割合は格段に改善されてきた。この数字は、全国の大規模なセンターの数字であり、日本全体の数字が反映されているかどうかは疑問が残る。しかし、次第に正確な数字が把握できるようになって来た事はきわめて重要である。正確な情報なくして、的確な解決策が提案できるはずがない。

ネットニュースで大きく取り上げられていたが、10年生存率は、臓器別、ステージ別で大きく異なる。前立腺がんでは、ステージ1・2・3の生存率は100%だが、ステージ4では40.5%と下がる。でも、ステージ4でも10年生存率40%超というのは高い数字だ。乳がんでは、ステージ1では95.0%、ステージ2では86.2%とほとんど治癒できると言っていい数字だが、ステージ3だと54.7%と悪化し、ステージ4では14.5%と急激に数字が悪化する。このがんでは早く見つかるかどうかが鍵となるのがわかる。ほとんどのがんでは、ステージ1で80%以上、ステージ2・3で50%以上、ステージ4では20%を切る数字となっている。早く見つけること治癒率向上につながることから、がん検診率を上げていくのが政策的にも重要だ。そうすれば、がん全体の医療費は抑制されるだろう。

しかし、肝胆膵と呼ばれる、肝臓、胆管系、膵臓のがんは数字がきわめて低くなっている。ステージ1でも、胆管系52.7%、肝臓32.0%、膵臓28.6%、ステージ2で20.1%、17.7%、9.1%となり、前立腺がんや乳がんの数字と比べて極めて悪くなっている。肺がんの場合でも、ステージ2で28.8%でこの時点で発見されても約4分の3の患者さんががんで命を落とす結果となっている。すい臓がんではステージ2で見つかっても、10年生存率は10%を切るという厳しい数字だ。

最新の治療法では、少しは改善されているであろうが、これらの早期に発見されても治癒率の低いがんに対しては、今までの考え方で改善されない事は明らかだ。ステージ1で手術可能であっても、手術直後から何らかの対策を打っていくことが絶対的に必要だ。画像で再発が確認されてから、次の手を打っても手遅れであることは、数字から明がである。ステージ1・2の手術後から積極的にがんと闘うべく介入をしていくことが求められる。

抗免疫チェックポイント抗体を手術後に投与することも考えられるが、再発予防効果と治療にかかる費用・自己免疫的な副作用との比がどの程度大きいのか、これはやってみないとわからない。これらの抗体医薬品の進行がんに対する有効率は20-30%であるが、早期のがんではがん細胞が免疫系の攻撃から逃れる準備ができていないので、もっと効果があるかもしれない。あるいは、これらのがんはもっと強かで、そうでもないかもしれない。これ以外にも、これまでは全身的な副作用がほとんど認められていないペプチドワクチンなどをこの段階で投入するのもいいかもしれない。

しかし、現実的課題としては、再発率などの低下を調べる臨床試験は、観察期間(患者さんが再発するかどうかの経過を見ていく時間)が長いため、膨大な費用がかかり、現状の臨床試験体制では実施をするためのハードルが高すぎる。国が支援する形でステージ1・2の肝胆膵がんに対する臨床試験の実施する必要だと思う。

もっと現実的なのは、画像で検出されないが、血液を利用したリキッドバイオプシーでがん遺伝子異常が確認された段階での、治療介入だ。がんの欠片も見つからない患者さんに対して副作用リスクのある薬剤の投与は、日本のメディアリテラシーの観点から袋叩きにあうリスクが高すぎるからだ。たとえ、ステージ2のすい臓がんの10年生存率が9%から30%に改善される可能性があっても、一人でも重篤な副作用がでれば、血祭りに挙げられる。もちろん、リキッドバイオプシーの精度が保証されることが最優先だが、CTやMRIの画像で診断されてから治療を始めても限界のある事は数字から明白であるので、超早期診断・超早期治療は科学的にも妥当だと私は考えている。

肝胆膵がんに対する有効な分子標的治療薬が開発されればベストだが、現状でも、臨床のデータと科学的エビデンスを組み合わせて。やればできることはあるはずだ。ただし、患者さんたち自身がそれを求めない限り、挑戦は難しい。

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メディア報道は公正か?

小保方事件に関するNHKスペシャル(2014年7月放送)について、放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送人権委員会が、「名誉毀損(きそん)の人権侵害が認められる」などとして、再発防止に努めるようNHKに勧告した」との産経ニュースを目にした。「配慮を欠いた編集上の問題が主な原因」と指摘されたが、これに対して、NHKは「客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮した」と、編集が慎重に行われたことを強調する反論を行ったようだ。また、識者と評する人は、「番組制作の現場に無言の圧力が生まれ、自主規制が働くようになるのではないかと危惧される」とコメントしていた。

 

私は小保方氏の行為を是とする立場にはない。しかし、どこからみても、NHKスペシャルはやりすぎだった。私は、笹井先生の不幸な死のあと、この番組を痛烈に批判したが、当時、学会も含めて魔女狩りのような風潮に悪乗りして、「おぼれた犬に石を投げつける」ような番組になっていたように思う。しかし、編集に配慮がなかった故、今回の勧告につながったにもかかわらず、NHKの姿勢は、放送の世界における司法判断を否定したに等しい。放送人権委員会は放送に取り上げられた人の人権を守るために、放送界が作ったものであるのだから、これでは、行政府の長が司法府の決定を批判して三権分立を否定した、どこかの国の大統領のようなものだ。(ちなみに新聞社にはこのBPOに相当する組織はない。)

 

客観的な事実を積み重ねたというが、その事実を歪んだ形で積み重ねて、偏った印象を視聴者に与えたことが問題とされているのだ。NHKは、指摘された問題の本質を理解していない。「事実を積み重ねること=公正な報道」とは限らない。積み重ねた事実から、作り手が自分の主張したい方向に沿った事実だけを選別すれば、内容は絶対に公正にはならないのだ。NHKサイドのコメントには、メディアの驕りを感ぜざるをえない。そして、識者のコメントは人権侵害を受けた人の立場を全く考慮しないものであり、殺人犯の人権だけを守る、自称、人権派弁護士たちの姿に重なる。

 

また、朝日新聞のテヘラン支局長が、安倍・トランプ会談に対して、「安倍首相、大丈夫かな…またおなか痛くなっちゃうのでは」とツイッターに書き込んだとの報道もあった。

http://www.sankei.com/politics/news/170211/plt1702110042-n1.html

こんな形で揶揄するコメントが、この新聞社の本質を透けて見えさせているような気がする。こんな人たちに公平・公正な報道を期待するのが間違いだ。

 

トランプ大統領の動向を日本のメディアを通してみると、米国人の大半が批判しているような印象を受ける。批判する人の方が多いのは事実だが、彼の姿勢を支援している人もたくさんいるのだ。どのメディアを通して情報を入手するかによって事象の与える印象は全く変わってしまうのは恐ろしいことだ。

 

そして、安倍首相に対して「トランプに媚びている」と非難している報道も見受けられる。日本という国が、日米同盟を軽視して存立できる状況にないことは明白だ。日米のトップが仲良くなることに何の問題があるのだ。「トラスト ミー」と言って日本の信用を大きく毀損した総理大臣に比べれば、安倍内閣は明らかに日本の国際的なプレゼンスを高めている。私がシカゴに来た当初は、日本の総理大臣が米国に来てもニュースでの扱いはわずかだったが、今回の訪米はメディアで大きく取り上げられていた。「ゴルフなどけしからん」という野党党首もいたようだが、そんな国際的なセンスに欠けるようなことを言っているから支持率が伸びないのだ。日本が国際的な位置を維持するには、しっかりした政権が米国(どの政権であっても)と良好な関係を保っていくことが不可欠なのだ。

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